人材採用のミスマッチを生む要因の1つである、「採用基準の設計ミス」。第1~2回にかけて、採用基準の設計方法には以下の3通りがあり、3通りそれぞれの方法で考え議論し、採用基準を設計するのが良いとお伝えしました。

①現実から抽出する方法~現場の意見やハイパフォーマーの特徴から抽出
②現実から抽出する方法~社員への適性検査から抽出
③理論から導き出す方法

今回は、③理論から導き出す方法と、これらを採用基準に落とし込む際の注意点について解説します。

現実に満足していない場合は、理論をベースに考えたほうがいい

世の中には、人間のタイプを分類する理論がさまざま存在します。それらを活用して、求める人材像を導き出すという方法があります。

代表的な理論の1つが、リアセック(RIASEC)です。アメリカの心理学者であるホランドが提唱した職業選択理論で、ホランドの六角形モデルとも呼ばれています。

RIASECとは、「現実的 (Realistic)」「研究的 (Investigative)」「芸術的 (Artistic)」「社会的 (Social)」「企業的 (Enterprising)」「慣習的 (Conventional)」の頭文字を取った言葉で、この6類型をパーソナルタイプと定義づけています。この6類型をベースに、皆で「この職種にはこのタイプが当てはまるのではないか」などと議論しながら、人材像を形作っていくのは1つの方法です。

リアセック以外にも、「こういうタイプはこういう仕事、役割が向いている」と分類する理論はいろいろあります。そういうものをいくつかチェックし、議論のベースにしてみるといいでしょう。

なお、このような理論から導き出す方法は、「現実がベストではない」と考えている場合に向いています。今、社内で活躍している人はいるがそのパフォーマンスに満足しきれていない、さらに高いパフォーマンスを挙げられるのはもっと別のタイプではないだろうか…といった疑念を持っている場合は、現実ではなく、理論をベースに議論する必要があります。可能であれば、理論から導き出したものを、現実から抽出したものと比較して議論するのがベストです。

求める人材像から「そぎ落とす」作業が必要

採用基準の設計方法を3通り、説明してきましたが、ここまでの作業で導き出された「求める人材像」は、まだ「採用基準」ではありません。求める人材像をベースに、最後に行うべき仕事があります。

現実と理論を踏まえて議論を重ねて導き出した「求める人材像」は、自社が「うちで活躍してほしい人材像」であり、必ずしも入社時にすべての条件を備えている必要はありません。入社後に育成できる部分があるならば、採用時には条件からそぎ落としてもいいはずです。

誤解している人が少なくないのですが、採用基準を作るうえでの原理原則は「条件はできるだけ絞り込む」です。条件が多いほど厳選採用となり、採用者のレベルも高くなる…と思っている人が多いのですが、実は真逆で、「すべての条件を平均レベルは確保しているけど、突出したものがないジェネラリスト」が残るケースが多いのです。もちろん、そういう人材が欲しいならば別ですが、自社を変えてくれるような異能人材が欲しいならば、やはり採用条件は最小であるべきです。

条件を削ぎ落し採用成功につなげるための「3つの判断基準」

まずは、「求める人材像」の条件を、自社で育てられる能力と、育てられない能力に分類しましょう。その際の判断基準は、大きく3つあります。

①流動性知能か、結晶性知能か

能力には身につけるのに適した「適齢期」があり、今すぐつけたほうがいいものもあれば、後からでも何とかなるものもあります。

「流動性知能」とは、新しい知識を習得し、それを処理・加工する知能のことで、計算力などの数的処理能力や記憶力、暗記力などが当てはまります。一方の「結晶性知能」は経験から得られる知能のことで、語彙力や洞察力、判断力、理解力、文章力などを指します。

そして前者は25歳前後をピークになだらかに低下しますが、後者は経験を積むにつれ上昇を続け、ある程度年齢を重ねても知能を上げることが可能とされています。

採用条件の中で、流動性知能が必要とされるものがあれば、採用基準に入れるべきです。今現在持ち合わせていないと、後で身に付けるのは難しい能力だからです。ただ、結晶性知能にあたるものであれば、今は多少不足していても入社後に十分伸ばすことができます。

②育てられる機会が社内にあるか

以前、情報サービス業のA社ではグローバル展開に際して、「異文化理解力を持った人」を求めていました。異文化理解力は結晶性知能にあたり、育てることができる能力ではありますが、当時のA社はどちらかというとドメスティックで社員も日本人ばかり。研修で補えるようなスキルではなく、社内では異文化理解力の育成が難しいため、「グローバル企業で外国人と協働した経験があり、異文化理解力を磨いてきた人」を採用基準に組み込みました。

このように、育てられる能力ではあるけれど、その機会が社内にない場合は、そぎ落とさず採用基準に組み込むべきでしょう。

③育成の「スピード」が募集背景に合っているか

例えば、グローバル展開の第一歩として、3カ月後からタイで新たな拠点づくりに携われる、異文化理解力を持った人を採用したい場合。社内には外国人も多く、異文化理解力を養ってもらえるような土壌はあるけれど、3カ月では間に合わない…というケースもあるでしょう。

育成には少なからず時間がかかります。たとえ育成の機会があったとしても、「能力を発揮してほしい時期に間に合わない」ならば、採用基準に組み込むべきです。

これら3つの判断基準をもとに、現実と理想から導き出した条件を取捨選択して、採用基準を絞り込むことで、ミスマッチを生まない採用基準を設計できるようになります。経営者や現場のリーダーは、あれこれ条件を挙げて「これらをすべて備えた人が欲しい」というかもしれませんが、条件を絞り込む意味を伝え、あくまで人事採用側が主導権を握ることをおすすめします。

【本記事の執筆者】

曽和 利光(そわ・としみつ)

株式会社人材研究所 代表取締役社長

新卒で株式会社リクルートに入社後、ライフネット生命保険株式会社と株式会社オープンハウスを経て、2011年に株式会社人材研究所を設立。「人と、組織の可能性の最大化」をテーマに掲げ、人事、採用にコンサルティング事業などを展開。『人事と採用のセオリー』など、これまで多くの書籍を出版し、いずれも大きな話題を集めている。