人事評価制度は、昇進や昇給を決めるためだけの仕組みではありません。組織の目指す方向と現場の行動をつなぎ、従業員の成長を後押しするための大切な仕掛けです。

しかし実際には、「評価が不公平」「納得できない」といった声が現場から上がり、信頼を損ねたり、かえってモチベーションを下げたりする例も少なくありません。

本記事では、海外の先進的な知見をもとに、日本企業にも活かせる実践的な人事評価制度の設計と運用のポイントを解説します。

人事評価制度が失敗する理由

以下では、制度がうまく機能しない背景を3つの視点から整理し、それぞれが現場にもたらす具体的な課題を紹介します。

曖昧な評価基準では納得を得られない

多くの企業では、「協調性」「リーダーシップ」「積極性」といった、あいまいで抽象的な評価項目が使われています。

これらは人によって意味合いが異なり、評価者によって判断基準にばらつきが出てしまいます。その結果、評価された側にとっては「なぜこの評価なのか」がわからず、不信感につながります。

一方通行の評価は成長につながらない

本来、評価は従業員の成長を後押しするものです。しかし実際には、「年に1回通知されるだけ」という形式的な運用にとどまっているケースが目立ちます。

ミネソタ大学では、評価を年1回のイベントで終わらせるのではなく、継続的な「チェックイン(中間面談)」を通じて、上司と部下が日常的に対話を重ねることの重要性を強調しています。こうした継続的な対話は、業務の振り返りや課題のすり合わせだけでなく、従業員の成長支援や信頼関係の構築にもつながります。

評価は単なる結果の通知ではなく、従業員が自らの強みや改善点を理解し、次のステップへと進むための機会であるべきです。対話を欠いた評価は、その機会を奪い、かえって成長を妨げる要因になりかねません。

無意識のバイアスが評価の公平性をゆがめる

評価においては、知らず知らずのうちに「評価者のバイアス」が入り込むことがあります。たとえば「ひとつの強みに引っ張られて全体を高く評価してしまう」「親しい人に甘くなってしまう」といった傾向です。

非営利団体のBias Interruptersでは、こうしたバイアスを減らす方法として「評価ルーブリック(評価基準を見える化したシート)」や、評価者同士で評価内容をすり合わせる「キャリブレーションミーティング」の導入を提案しています。これにより、評価者ごとの主観に左右されにくく、客観的な評価がしやすくなります。

参考:

University of Minnesota “Managing and Evaluating Performance Module”

Bias Interrupters “Performance Evaluations”

評価制度を成功させる4つの原則

以下では、人事評価制度をうまく機能させるために欠かせない4つの基本的な原則を紹介します。いずれも海外の実践事例で重視されている要素であり、日本企業でもすぐに取り入れられる考え方です。

1. 目標はできるだけ具体的に

評価制度が機能しない理由のひとつに、「何を目指しているのかが不明確であること」があります。

ペンシルベニア大学では、目標設定に“SMARTSモデル”を使うことを推奨されています。これは、目標を「具体的(Specific)・測定可能(Measurable)・達成可能(Achievable)・成果志向(Results-oriented)・期限付き(Time-bound)・挑戦的(Stretch)」にするという考え方です。

たとえば、「売上を伸ばす」ではなく「第3四半期末までに新規顧客を10社獲得する」と設定すれば、目標がはっきりします。このように明確な目標は、評価の軸としても機能し、公平な判断の土台になります。

2. 評価は年1回で終わらせない

「評価=年1回の面談や通知」と考えている企業は多いかもしれません。しかし、それだけでは従業員の成長を十分に支えることはできません。

ミネソタ大学やChamplain College Onlineが公開する情報によると、日常的にフィードバックを行い、定期的に1on1ミーティングを設けることが推奨しています。たとえば、あるIT企業では月1回の1on1を制度化したことで、従業員のエンゲージメントが高まり、離職率も減少したとされています。

フィードバックを日常の中に組み込むことで、評価は「査定」から「育成の場」へと変わります。

3. 公平な評価には仕組みが必要

どれほど誠実に評価しようとしても、評価者の主観だけに頼っていては、評価のばらつきや不公平感は避けられません。

The Management Centerでは、「評価ルーブリック」と「キャリブレーションミーティング」の併用を推奨しています。評価ルーブリックでは、「顧客志向」といった抽象的な言葉を「顧客の要望に先回りして提案する」「クレーム対応後に改善内容をチームと共有する」などの行動に分解します。

これにより、評価者が共通の基準で判断できるようになります。

4. 面談は“評価”で終わらせず“未来”につなげる

評価面談がただの結果報告になってしまうと、従業員は「評価されたら終わり」と感じがちです。そうではなく、「これからどう成長していくか」を一緒に考える場にすることが重要です。

Champlain College Onlineでは、“SBIモデル(Situation・Behavior・Impact)”に基づくフィードバックを紹介しています。たとえば、「最近積極性が足りない」ではなく、「今朝の定例会で、上司が説明しているときにスマホを見ていた(S・B)。

その結果、他のメンバーの集中が途切れていたように感じた(I)」と伝えることで、具体的に振り返りやすくなります。これは、指摘された側にとっても納得しやすいフィードバックの形です。

参考:

University of Pennsylvania “Effective Performance Management”

University of Minnesota “Managing and Evaluating Performance Module”

Champlain College Online “How to Give Constructive Feedback in the Workplace”

The Management Center “Four Ways to Mitigate Bias in Performance Evaluations”

企業の戦略と連動する評価制度のつくり方

以下では、人事評価制度を単なる査定の仕組みではなく、組織の戦略実行や人材育成の仕掛けとして活かすための考え方と実践例を紹介します。

評価を育成のスタート地点にする

評価制度が育成と結びついていないと、従業員にとって評価は「点数をつけられるだけの仕組み」に感じられ、やる気を削ぐ要因になってしまいます。

ミネソタ大学は「評価は学びと成長のきっかけである」と定義しており、定期的なフィードバックがキャリア形成につながるような運用が推奨されています。

たとえば、面談の場で「最近できていないこと」だけでなく、「次に目指すべきスキル」や「チャレンジしてほしい役割」まで話し合うようにすれば、評価が前向きなものになります。こうした設計は、特に若手の成長支援や定着に大きな効果を発揮します。

行動指針や価値観を評価に反映させる

評価制度が会社の方針や価値観と切り離されていると、従業員は「何を意識して働けばよいのか」が見えづらくなります。

ペンシルベニア大学では、評価基準に組織のミッションやバリュー(価値観)を取り入れることで、現場の行動と経営の方向性を結びつけることを勧めています。

たとえば、ある病院では「患者中心の姿勢」というバリューに合わせて、「治療方針を患者にわかりやすく説明する回数」といった具体的な行動を評価項目に加えました。このような仕掛けが、現場のサービス向上にもつながっています。

等級・報酬とのつながりを見直す

評価がきちんとされているのに、昇進や昇給などの処遇とつながっていなければ、従業員は「頑張っても意味がない」と感じてしまいます。

MITでは、人事制度を「等級制度・評価制度・報酬制度の三位一体」で設計する必要があるとしています。たとえば、「高い評価を受けたのに昇給が他の人と同じ」といった状況は、不信感を生みやすくなります。

これを防ぐには、評価に応じた昇給の幅を明確にしたり、高評価の人に新しい役割を与えるなど、処遇の設計に一貫性を持たせる工夫が必要です。

フィードバックを日常に根づかせるためには

ペンシルベニア大学では、評価制度そのものに「フィードバック文化」を組み込むことの重要性が強調されています。面談の場を「上司が話すだけの時間」にするのではなく、従業員にも自己評価や考えを話してもらうことで、双方向のやり取りを促す設計が有効です。

また、The Management Centerでは、フィードバックの進め方として「感謝→観察→提案」の流れを提案しています。

たとえば「最近、○○の対応ありがとう(感謝)。ただ、報告のタイミングが少し遅れていたように感じた(観察)。次回は事前に共有してもらえると助かる(提案)」という伝え方にすることで、相手も受け止めやすく、関係性の中で前向きな変化を生み出せます。

参考:

Champlain College Online “How to Give Constructive Feedback in the Workplace”

University of Pennsylvania “Effective Performance Management”

University of Minnesota “Managing and Evaluating Performance Module”

The Management Center “Four Ways to Mitigate Bias in Performance Evaluations”

まとめ

人事評価制度は、単に人事管理のための仕組みではなく、組織の価値観や戦略を現場に浸透させ、従業員の成長を支援する重要な役割を担っています。

しかし実際には、「評価が納得できない」「説明が足りない」「評価されても報われない」といった不満が広がり、制度が形だけの存在になってしまっている企業も少なくありません。

これまで見てきたように、制度をうまく機能させるためには、以下のようなポイントを押さえることが重要です

  • 評価項目をあいまいな言葉で終わらせず、行動ベースで具体的に設定する
  • フィードバックを年1回にとどめず、定期的な対話の場を設ける
  • 評価結果を処遇やキャリア支援、経営戦略ときちんと結びつける
  • 評価者のバイアスを防ぐための仕組み(ルーブリック・すり合わせ)を取り入れる

そして何よりも大切なのは、「制度は一度つくって終わりではない」という視点です。組織の方針やメンバー構成が変わるように、評価制度も定期的に見直し、手を入れていく必要があります。

人事評価制度を、単なるチェックリストではなく、人と組織を前向きに動かす“対話の道具”として機能させること。それこそが、制度を形骸化させずに、価値あるものに育てていくための第一歩です。