近年、企業の人材育成をめぐる風景が大きく変わってきています。ただの「研修運営係」だった教育担当は、今や経営戦略を支える重要なパートナーとして位置づけられるようになりました。
本記事では、教育担当に求められる役割と、育成施策をどのように実施すべきかを、最新データや海外の実践例を交えて整理します。
教育担当が果たす重要な役割とは

最近では、教育担当の役割が「研修運営を担う人」から「経営戦略を支えるパートナー」へと進化しています。人的資本経営が浸透し、社員の育成施策は企業の価値に直結する重要な指標となりました。
具体的には、「組織課題を学習課題に置き換える」「現場のパフォーマンスデータを分析して育成に活かす」「学習の成果を事業成果と結びつけて説明する」こうした橋渡しを担っています。
実際、米国では「Chief Learning Officer(CLO)」が経営層の一員として取締役会に出席し、育成施策の投資対効果を定期的にレポートしている企業が6割を超えています。
参考:
データで見る日本企業の育成投資の現状

人材育成への投資は、日本企業でもいま大きな注目を集めています。労働政策研究・研修機構(JILPT)が2025年2月に発表した企業パネル調査によると、「人的投資を戦略上の最重要テーマ」と回答した企業は48.4%にのぼり、前年から13ポイント増加しています。
特に注目すべきは、中小企業でも社内講師制度の導入や外部講座の活用が進んでおり、教育担当の役割が明確に拡大している点です。これにより、従来は研修事務にとどまっていた教育担当が、制度設計や施策立案といったより戦略的な業務にも関与するケースが増えています。
一方で、育成施策の課題も浮き彫りになっています。JILPTの同調査では、育成効果の把握について「測定できていない」と回答した企業が60%を超えており、多くの企業が効果検証の仕組みを持てていない状況です。
こうした背景には、教育施策と現場の業績やKPIとのつながりが薄いこと、特に管理職との連携不足がボトルネックになっていることが考えられます。
人材育成を本当の意味で「戦略」に変えるためには、管理職がKPI設計の段階から教育担当と協力し、育成施策がどのように業績につながるのかを見える化する視点が不可欠です。
参考:
JILPT(労働政策研究・研修機構)「人材投資と企業パフォーマンスに関する企業パネル調査(2025年2月発表)」
教育担当に求められる学習体験のつくり方

教育担当は社員に仕事内容や会社の制度や文化などについて教える機会もあるかと思います。社員に「学び続けたい」と思ってもらうには、ただ知識を伝えるだけでなく、思わず学びたくなる仕組みづくりが大切です。
最近では、スマートフォンで学べる教材や、ちょっとしたゲーム感覚の要素を取り入れた学習など、工夫次第で学びやすさを高める方法がたくさんあります。
こうした工夫の背景には、「人はどんなときに集中しやすいか」「どんな方法だと記憶に残りやすいか」といった行動科学の考え方が活かされています。
たとえばアメリカの大学では、1分程度の短い講義(One Minute Lecture)や、必要なタイミングで学ぶ授業(Just-in-Time Teaching)といった「マイクロラーニング」が広く使われています。これは、1回の学習時間を短くすることで、集中しやすく、続けやすくする方法です。
実際、インディアナ大学の教育関連の研究誌によると、こうしたマイクロラーニングを取り入れた複数の研修では、従来のやり方に比べて完了率が平均で18ポイント高くなったという結果が報告されています。
この考え方は、日本の職場でも十分に活かせます。教育担当は、現場の働き方に合わせて「短く、こまめに学ぶ」仕組みを設計し、管理職はその内容が実務に役立っているかを週ごとにふりかえり、必要に応じて声をかける。そんな小さなサイクルを回していくことで、学んだことが自然と仕事に結びつき、現場に根づいていくでしょう。
マイクロラーニングを導入するためのステップ
マイクロラーニングを職場に取り入れるときは、以下のような流れで進めるとスムーズです。
1. 短い業務動画をつくる
まずは、3〜5分ほどの短い動画を用意します。テーマは、「クレーム対応のポイント」「お客様への第一声」など、現場の仕事に直結する具体的な内容が効果的です。長時間の講義ではなく、1回で1つのことが学べるようにするのがポイントです。
2. クイズで理解度をチェックする
次に、動画の内容をふりかえる簡単なクイズを用意し、自動で配信できる仕組みを使います。学習管理システム(LMS)を使えば、クイズの正答率などのデータを自動でまとめ、どこで理解が深まったか、つまずいたかが見える化できます。
3. 結果に応じてフォローする
クイズの結果をもとに、理解が浅かったところや間違いが多かった内容に対して、追加の動画や資料を用意します。教育担当がこうしたデータをもとにサポートすることで、一人ひとりの苦手を補える仕組みになります。
このようなやり方であれば、動画制作にかかるコストも1本あたり数万円程度と比較的抑えられ、人手も少なくて済みます。それでも、学習効果が高く、コストに対して得られる成果が大きいという点で注目されています。
実際、ATD(米国の人材育成団体)の事例集では、こうしたマイクロラーニングの導入によって、投資に対する効果(ROI)が最大4.2倍に達した企業もあると紹介されています。
参考:
OJTを強化するための具体的なステップ

座学以外にもOJT(On the Job Training)は部下を教育する際に活用される手法です。OJTの効果を高めるには、以下の3つのステップを取り入れるのが効果的です。
育成目標を業務KPIと連動させる
たとえば「新規案件の提案数を増やす」「製品の理解度を高める」など、具体的な業務目標と育成のねらいをセットで考えるようにします。目指すゴールが明確になり、学んだことをどの場面でどう活かせばいいかが見えやすくなります。
1on1ミーティングで日々の行動を振り返る
部下との1on1ミーティングでは、日々の気づきや行動を言葉にして記録に残していきましょう。「何ができたか」「どこで悩んだか」などを整理することで、本人が成長を実感しやすくなり、次の行動にもつながります。
教育担当がナレッジ共有の場を横断的に設ける
教育担当が中心となって、他部署や他のチームの事例を共有する場を設けると、視野が広がり、自分のチームだけでは得られない学びが生まれます。こうしたナレッジ共有の仕組みが、組織全体の育成力を高めていきます。
スタンフォード大学の研究でも、メンタリング(先輩からの助言)とピアラーニング(同僚どうしの学び合い)を組み合わせたプログラムは、それぞれ単独で行うよりも成果が1.4倍高まったという結果が報告されています。OJTも、こうした仕組みづくりを意識することで、より効果的に機能していきます。
参考:
Stanford Center on Longevity “Education and Learning for Longer Lives”
管理職が教育担当に期待すべきKPIと評価

研修を「やったかどうか」だけで終わらせず、本当に効果が出ているかを見えるようにするには、管理職と教育担当が協力して学びの成果を業務とつなげて確認する姿勢が欠かせません。
たとえば、海外の企業では、研修を受けたあとのテストの点数や完了率だけでなく、研修から3カ月以内に「売上が伸びたか(Sales Uplift)」「ミスが減ったか(Error Reduction)」といった実際の成果を追いかけています。
さらに、納期を守れているか(DIFOT)や社員のやる気(エンゲージメント)といった指標とも結びつけて、「学びが仕事にどうつながっているか」をしっかりチェックしています。
国内でもこうした取り組みが進みつつあります。労働政策研究・研修機構(JILPT)が実施した企業パネル調査の二次分析によると、教育担当が育成目標を設定し、管理職が週単位で進捗を確認する仕組みを導入した企業では、社員の離職率が平均で2.8ポイント下がったと報告されています。
データを使って学習効果を見える化する方法は?
学習の成果をきちんと確認するには、BI(ビジネスインテリジェンス)ツールとLMS(学習管理システム)を組み合わせて使う方法が効果的です。
たとえば、LMSで収集した「誰が、どんな研修を、いつ受けたか」といった情報と、BIツールの売上や業務改善のデータを組み合わせて、研修の3カ月後や6カ月後にどんな成果が出たのかを自動で追えるようにします。
このように見える化された情報を教育担当がレポートにまとめ、それをもとに管理職が1on1などで部下と一緒に振り返ることで、学んだ内容の実践率が高まります。ATDによると、こうした仕組みを導入した企業では、学びの定着率が平均で15%向上したとされています。
参考:
JILPT(労働政策研究・研修機構)「人材投資と企業パフォーマンスに関する企業パネル調査(2025年2月発表)」
ATD “2024 State of the Industry: Bonus Report”
DX時代の教育担当に求められるスキルセット

生成AIやデータ活用が広がるなかで、教育担当の役割にも少しずつ変化が求められています。従来の研修運営に加えて、テクノロジーを活用しながら学びを支えるスキルが、今後ますます必要になってきます。
以下は、特に押さえておきたい3つのスキルです。
デジタル教材の設計スキル
研修がオンラインに移行する中で、わかりやすく、業務に直結する教材を自ら設計できる力が重視されています。たとえば、PowerPoint資料を短い動画にまとめたり、短時間で完結するeラーニング教材をシリーズで設けたりと、働きながら学びやすい工夫が求められます。
現場の負担を減らしながら、必要な知識をスムーズに届けられるようになることが大切です。
学習データを分析する力(ラーニングアナリティクス)
どこで理解が進み、どの部分でつまずいているのかをデータで読み解く力も重要です。LMS(学習管理システム)などから得られる受講履歴やテスト結果を活用して、必要に応じた補足や改善を行うことができます。
感覚だけに頼るのではなく、データに基づいた見直しや提案ができることが、研修の質を高めるうえで役立ちます。
自社に合ったAIツールを見極める力
AIツールが急速に増えているなかで、自社に合ったものを選び、現場で無理なく使えるようにするには、特徴を把握し、活用方法を考える力が必要です。
たとえば、文書の要約ができるツールや、社内マニュアルを自動で整理できるような生成AIなど、使い方によって業務効率を大きく変えられるものもあります。教育担当は、そうした選定や導入サポートにも関わる場面が増えています。
こうしたスキルの必要性は、海外でも注目されています。イギリスのCarringtonCrispによる国際調査によると、経営層の48%が「今後5年間で最も重要な学習テーマはAIリテラシーの強化」と回答しています。
管理職にも、教育担当が新しいスキルを学ぶための環境を整えたり、新しい学習ツールの導入を支援する姿勢が求められます。
参考:
Financial Times “Companies turn to AI literacy as priority training area”
Stanford HAI “Inspiring Action: How to Learn and Lead with Generative AI at Work”
まとめ
これからの教育担当には、研修の運営だけでなく、組織全体の学びを支える役割が求められています。学びの仕組みを整え、現場とつなげていく存在として、その重要性はこれまで以上に高まっています。
管理職としては、「共に考える」「データで確かめる」「テクノロジーを活用する」という3つの視点を意識しながら、教育担当と連携することが大切です。現場と育成をつなぐ橋渡し役として関わることで、人材育成がより確実に業績や成果へと結びついていきます。
研修への投資が広がっている今こそ、学びを組織の強みに変える絶好のタイミングです。日々の業務の中で学び合う文化を少しずつ育て、企業の競争力の土台としていきましょう。