採用や解雇にあたって、労働者との間で訴訟やトラブルに発展すると、会社のイメージダウンや損害賠償に繋がりかねません。
トラブルを避けるためには人事にも労務知識は必要不可欠。本記事では、採用後の法的リスクを軽減するために、実際の判例や法律を交えながら採用時に人事が気をつけるべきことについて取り上げます。

企業には「採用の自由」が認められる――三菱樹脂事件

<三菱樹脂事件(最大判昭48.12.12民集27巻11号1536頁)>

三菱樹脂事件とは、大学卒業後A社に就職したXが、採用時の虚偽報告を理由に試用期間中に本採用を拒否されたことで訴訟を起こした事件である。Xは違法とされる学生運動を行っており、その事実を採用面接時に秘匿。A社はXを「3ヶ月の試用期間の後に雇用契約を解除することができる権利を留保する」との条件で採用していたため、試用期間中に学生運動に参加していた事実が発覚したことで、本採用は見送りとなった。

Xは、思想・信条を理由に本採用を見送ることは労働基準法3条に違反する不法解雇であると主張したが、結果は東京高裁に差戻し。企業の採用の自由を認めつつも、試用期間中の解雇が適切であったかについては、再度検討材料を揃えて判断を下すべきという判決となった。

三菱樹脂事件は、企業の「採用の自由」に対し、労働者Xが憲法で保障される「思想・信条の自由」を根拠に争った事件です。これについて最高裁は、憲法はあくまでも国・公共団体と個人との関係を規律するものであり、企業と労働者の関係には適用されないとしています。また、企業は採用時の雇用契約を自由に締結できるため(憲法22条、29条)、誰を・どのように・どんな条件で採用するかなどは、企業側が自由に設定できます。そのため最高裁は、「思想・信条の自由」に反するからといって、労働者に企業の採用活動を制限する権利はないと判断しています。

なお、労働基準法3条では、労働者の国籍、信条、社会的身分を理由に解雇したり労働条件を決めてはならないと定めていますが、今回問題になるのはあくまで採用選考時の判断。その労働者を採用するか否かに対して労働基準法は効力を発揮しないとしています。

労働者の権利擁護。「採用の自由」を規制する法律にはご注意を

三菱樹脂事件では最高裁は企業に対して採用の自由を認めていますが、この判例は1973年のもの。時代の変化とともに、採用を制限する法律や方針は日々アップデートされています。採用が自由であるとはいえ、人事は労働者の権利や状況を正しく把握して採用活動を進める必要があります。

採用にあたって特に注意すべき法律は下記の通りです。

(1)男女雇用機会均等法

採用時に男女差別を行うことは禁じられています。例えば、採用条件を男女で変えたり、身長・体重または体力を募集要件に加えるなどがそれにあたります。

(2)障害者雇用促進法

企業は雇用する労働者の2.3%に相当する障がい者の雇用を義務付けられています。労働者数が常時100名以上の事業所で基準の2.3%を満たしていない場合は、障がい者雇用納付金が徴収されるため注意が必要です。

(3)労働施策総合推進法

多様な働き方を促進させることを目的として成立した法律です。採用については第9条で、年齢を理由に不採用にすることを禁じています。能力や適性と年齢は関係ないので、年齢だけで採否の判断をしないようにしましょう。

(4)職業安定法

リファラル採用を実施する場合、職業安定法に注意しましょう。リファラル採用で従業員にインセンティブを支払う場合は、報酬を賃金や給料という形で支払わなければなりません。また、就業規則に報奨金の支払時期と支給額、支払条件を明記する必要があります。なお、従業員が常時10名以上いる事業所は、従業員への周知と行政官庁への届け出が必須です。

(5)出入国管理及び難民認定法(入管法)

外国人採用を実施する場合は、出入国管理及び難民認定法に触れるリスクがあります。外国人は、入管法に定められている在留資格の範囲内で就労活動が認められます。在留資格が就労できる資格なのか、採用時にしっかりと確認しましょう。

また、厚生労働省は採用選考時に配慮すべき事項としてガイドラインを制定し、就職差別につながる14事項を次のようにまとめています。

(a)本人に責任のない事項の把握

  • 本籍、出生地に関すること
  • 家族に関すること
  • 住宅状況に関すること
  • 生活環境、家庭環境に関すること

(b)本来自由であるべき事項の把握

  • 宗教に関すること
  • 支持政党に関すること
  • 人生観、生活信条などに関すること
  • 尊敬する人物に関すること
  • 思想に関すること
  • 労働組合の加入状況や活動歴、学生運動や社会運動に関すること
  • 購読新聞、雑誌、愛読書に関すること

(c)採用選考の方法

  • 身元調査の実施
  • 本人の適性、能力に関係ない事項を含んだ応募書類の使用
  • 合理的、客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施

いくら企業の採用活動が自由とはいえ、一定の配慮は必要になります。候補者の権利も守りながら選考を進め、法を侵さないように注意を払うことが大切です。

労働者の権利を侵さずにミスマッチのない採用を実現する採用手法とは

労働者は、労働基準法や労働契約法によって、一度採用されると簡単には解雇されないように守られています。そのため、企業としては慎重に採用を行いたいものです。

採用選考では、「自社に適性があるか」「採用にあたってリスクはないか」「ストレス耐性があるか」を見極めましょう。労働者の権利を脅かさない形で自社に合った人材を採用するには、「①客観的な選考」「②事前の情報開示」「③書面での確認」の3点が有効です。

①客観的に候補者を判断する

候補者の適性は、適性検査の実施により主観を排除して判断できます。候補者から不採用の理由を求められたとしても、「適性検査の結果で客観的に判断した」と伝えれば納得感を得られます。

②事前に情報を開示する

適性を判断するために候補者の考え方を聞きたい場合、思想にまつわる質問をすると権利を侵害されたと思われかねません。そのため、直接的に質問するのではなく、会社の理念や価値観を説明し、候補者自身が納得できるかを確認すると良いでしょう。会社のスタンスを事前に理解してもらうことで、入職前後のギャップを最小限にできます。

③書面で確認する

面接で直接聞きにくい内容は、面接質問票を用意し書面で回答を促すと良いでしょう。例えば、反社会的勢力との繋がりや犯罪歴、健康状態などは、企業の評判や就労継続に関わるため、採用前に把握しておきたい情報です。入社時に誓約書の提出を求めることで、万が一候補者が虚偽の報告をした場合は書類を証拠として提示できるため、解雇できる可能性が高まります。

このように、客観的に候補者を選考する方法を導入する、先に企業側が情報を開示して問題ないか確認する、書面で回答させて証拠を残すことは、トラブルを未然に防ぎ、トラブルがあった際に有利な立場を作るために重要です。

採用後にミスマッチ発覚…。試用期間を上手に使って対策しよう

どれほど採用時に対策して見極めたとしても、採用後にミスマッチが発覚する場合もあるでしょう。ミスマッチが起きてしまった場合の対策として、試用期間の正しい運用が鍵となります。

試用期間を設け、試用期間後に本採用を拒否する可能性がある労働契約を、「解約権留保付労働契約」といいます。労働契約の解約権が留保されているため、試用期間を通して本採用できないと判断すれば、使用者は本採用を拒否できる、というものです。

三菱樹脂事件では試用期間と解約権について次のように述べています。

本件本採用の拒否は、留保解約権の行使、すなわち雇入れ後における解雇にあたり、これを通常の雇入れの拒否と同視することはできない”、“留保解約権に基づく解雇は…広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない

つまり、「試用期間であっても本採用の見送りは解雇にあたる。そして、試用期間満了時の解雇は、本採用後の解雇よりも緩やかな条件で認められる」ということです。

とはいえ、客観的かつ合理的な理由なしに解雇は認められません。本採用に至る条件を前もって定めて労働者に提示し、条件を満たす人材なのかを試用期間で見極めることが重要です。

労働者に条件を提示する際は、就業規則に「試用期間を終えても本採用に至る基準を満たしていない場合、本採用ができない可能性がある」旨を記載し、労働契約締結時にも直接伝えましょう。加えて、どのような基準で選定するかも提示します。

試用期間が満了したら、あらかじめ定めた基準に当てはめて労働者を評価します。基準を満たせず本採用を見送る場合は、解雇が認められる可能性が高まります。ただし、企業が試用期間中に労働者のサポートを一切行わずに労働者を能力不足と判断したケースは認められないので、試用期間中の教育はしっかりと行う必要があります。

一度採用してしまうと簡単には解雇できないからこそ、採用時の見極めは非常に重要です。

企業は自由に採用活動を行うことが認められていますが、最近では選考時に労働者の気分を害してしまうとSNSで悪評を拡散される可能性もあります。そのため、労働者の権利・立場を侵害しないように配慮しながら選考を行うことが求められます。
改めて、自社の採用手法が労働者の権利を脅かしていないか、試用期間が適切に運用されているかを確認し、未然にトラブルを防止しましょう。