「突然、部下から転職相談を受け、どう対応すればいいのかわからない…」
「部下の転職相談でやってはいけないことはある?」

このような悩みや疑問をもつ管理職も多いでしょう。部下の転職相談を受ける際のコツを知ることで、部下の退職手続きをスムーズに進められるだけでなく、退職後の業務も円滑に進められます。

本記事では、部下の転職相談における適切な対処法や注意点を解説します。

部下から転職を相談された時点で手遅れ?

部下から転職を相談された場合、その時点で手遅れかどうかは一概にいえません。話し合いを通じて部下の気持ちが変わり、転職を思いとどまる可能性もあるからです。

エン・ジャパン株式会社の調査によると、会社や上司からの引き止め交渉によって、約24%が退職を思いとどまった経験があると回答しています。

部下が引き止めに応じる場合、以下のようなケースが考えられます。

  • 上司の熱意によって、自分が会社に必要な人材だと認識できた
  • 自分の不満(給料や仕事内容)に対して、会社としての改善案を提示された

以上のことから、部下から転職相談を受けた時点では、上司が適切に対処することで引き止めに成功する可能性も十分あるといえるでしょう(適切な対処法の詳細は後述)。

参考:

PR TIMES「優秀な人材の流出を防ぐ カウンターオファー(退職引き止め交渉)の成功確率は24% ー「エン転職コンサルタント」ユーザーアンケート集計結果ー」

部下から転職を相談されたときの対処法

ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されている論文をもとに、部下から転職を相談された際の適切な対処法を解説します。

冷静になる

部下からの転職相談は、冷静な状態で対応することが重要です。驚きや焦りを感じている状態では、建設的な話し合いが難しいだけでなく、不適切な発言をしてしまう恐れもあります。

「びっくりした」「本当に?」など、驚きの感情を素直に見せること自体は問題ありません。しかし、「ふざけるな」「もっと早く相談しろよ」など、部下を衝動的に非難してしまうことは避けるべきとされています。

このような発言は相手を不快にし、転職したい気持ちを強めるだけでなく、会社に対してもネガティブな印象を与える可能性があります。

とはいえ、部下から突然転職したい旨を告げられて、すぐに冷静になるのは難しいかもしれません。その場合は、「30分だけ時間をもらってもいい?」などと伝え、自分の気持ちを落ち着かせる時間をもらうとよいでしょう。

自分の感情を分析する

部下から転職したい旨を告げられた際に、自分がどのように感じたか分析するとよいでしょう。自分の感情を分析することで自己を客観視でき、より建設的な話し合いができるからです。

『Emotional Agility』の著者スーザン・デイヴィッドは、自分の感情に対して素直に向き合うことで、ネガティブな感情もコントロールしやすくなると述べています。その際、以下のように感情を言語化すると効果的とされています。

  • むかつく
  • がっかりした
  • 傷ついた
  • 裏切られた
  • 悲しい

自分の中にあるネガティブな感情を無視すると、部下との話し合いの最中にその感情が予期せず爆発するかもしれません。その結果、反射的に不適切な発言をし、部下を不快な気持ちにさせてしまう恐れがあります。

部下に転職を持ちかけられて感情が動かされること自体は自然なので、正直に認めて向き合うことが大切です。

自分ごと化しない

部下の転職を自分ごととして捉えるのは避けた方がよいかもしれません。部下の転職は、あくまで部下自身の問題だからです。

部下が転職を考えるのは、給料や仕事内容、プライベートの都合など、さまざまな要因が推測できます。場合によっては、上司として反省すべき点や改善しなければならないこともあるでしょう。

しかし、部下は自分自身の生活やキャリアを向上させるために転職を選択しようとしており、上司の価値や能力を否定しているわけではありません。それにも関わらず、部下に転職を告げられて「むかつく」「裏切られた」などと感じる場合、注意が必要でしょう。部下自身の問題を自分ごと化して、勝手に感情的になってしまう可能性があります。

上司が部下から転職を持ちかけられた際は、エゴや強い感情に流されず、冷静に状況を受け止めることが重要です。

転職理由を尋ねる

部下がなぜ転職を考えているのか、その理由を尋ねましょう。転職理由がわかれば、組織として改善すべき点も浮き彫りになるからです。さらに、理由によっては会社や上司の努力次第で、転職を引き止められる可能性もあります。

たとえば、部下の転職理由が「育児のため」である場合、「小さい子どもを持つ社員にとって、自社は働きにくい職場だ」という課題がわかります。また、その部下に対して、「テレワークや時短勤務を認める」という条件で交渉すれば、転職を思いとどまらせることができるかもしれません。

先ほど紹介したエン・ジャパン株式会社の調査でも、昇給や部署異動を条件に残留を決意した社員が実際にいることがわかっています。組織としての改善点を知るためだけでなく、引き止め交渉を成功させるためにも、転職理由は確認した方がよいでしょう。

退職日までの流れをすり合わせる

部下の転職が決まっている場合、退職日までの流れをすり合わせておきましょう。会社によって多少異なるものの、退職日までにやるべきこととしては、主に以下が挙げられます。

  • 業務の引継ぎ
  • 取引先への連絡
  • 社内での退職手続き
  • 備品などの返却
  • 社内関係者へのあいさつ回り

とくに引継ぎは、部下が退職した後も問題なく業務を進めるために、スムーズに行う必要があるでしょう。サイボウズチームワーク総研が実施した調査によると、引継ぎがスムーズな職場には以下の特徴があるとされています。

  • 人間関係がよく、引継ぎに協力的である
  • 誰が抜けても問題がないよう、チーム内で情報が共有されている
  • 引継ぎ内容を文書にして残している
  • 引継ぎに十分な時間を設けている
  • 引継ぎのルールやマニュアルがある

部下の退職による穴をチーム全体でカバーできるよう、上司もフォローすることが大切です。

最後まで誠実に対応する

たとえ部下の転職が決まっていても、退職日まで誠実に対応することが重要です。

退職が決まってから雑な扱いを受け、不快な気持ちになる社員は多いといわれています。退職者向けWebメディアのアルムナビが実施した調査によると、退職経験者の55.4%が「退職の意思を伝えてから実際に退職するまでの間に、不快な思いをしたことがある」と回答しています。

▼(例)不快に感じる扱い

  • 辞めないように圧力をかける
  • 希望のタイミングで退職させない
  • 面倒な仕事ばかり押しつける
  • 無視する

もし、不快な思いをした退職者が、インターネットやSNSでその旨を公表した場合、会社の評判を大きく下げる恐れがあります。逆に、転職する部下を気持ちよく送り出せば、その部下は将来的に優良な取引先や顧客として、会社に利益をもたらしてくれるかもしれません。

参考:

Harvard Business Review “How to Respond When an Employee Quits”

サイボウズチームワーク総研「【調査】「引き継ぎがスムーズだった人」は 「その職場で働き続けたい」意向が約8割」

アルムナビ「退職者への不誠実な対応は超リスク!社員の良い送り出し方を退職者の声から探る」

部下から転職を相談されたときのNG事項

部下から転職相談を持ちかけられた際、やってはいけないことを法的観点で解説します。

退職届を受け取らない

部下が以下の退職要件を満たしている場合、退職届を受理しないのは違法である可能性が高いため、注意が必要です。

契約期間退職要件
定めがない退職日の2週間以上前に通知を行う
定めがある契約期間を満了する
※契約期間中は原則、労働者側から一方的に契約解除できない(やむを得ない理由がある場合を除く)

上記の内容については、民法第627条にも明記されています。

▼民法第627条

1. 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。2. 期間によって報酬を定めた場合には、使用者からの解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。

よって、退職要件を満たしている限りは、

  • 「後任が見つかるまでは退職を認めない」
  • 「今は繁忙期だから退職を待ってほしい」

などと言って、退職届を受け取らないのは違法の可能性が高いといえます。

損害賠償を請求する

「退職したら損害賠償を請求する」などと言って、部下を脅すのは法律違反の可能性があります。

ベリーベスト法律事務所によると、退職者に対して損害賠償を請求できるのは、会社に対して重大な損失を与えた場合に限るといわれています。

損害賠償請求可能なケース
重大な業務上のミスを犯した社用車で不注意による事故を起こし、多額の修理費用が発生した
営業秘密を持ち出した社外秘の情報を競合他社に漏らした
会社の知的財産権を侵害した業務で作成したイラストを退職後も無断で使用している

とくに大きな問題を起こしたわけでもない退職者に対しては、損害賠償請求が認められないどころか、パワハラとして逆に訴えられる可能性もあるとされています。いくら転職するのを引き止めたいからといって、部下を金銭的に脅すのは避けるべきでしょう。

懲戒解雇すると脅す

転職希望の部下に対して、「辞めるなら懲戒解雇扱いにする」と脅すのも違法の可能性が高いです。

アディーレ法律事務所の見解によると、懲戒解雇が認められるのは以下のようなケースとされています。

懲戒解雇可能なケース
業務に関わる犯罪行為を行った会社の備品を転売した
会社のイメージダウンとなる犯罪行為を行った社用車を利用し強盗した
経歴を詐称した職歴を偽って入社試験を突破した
ハラスメントを行ったミスをした部下の人格を否定するような叱責をした
無断欠勤した会社に一切連絡せずに長期間休んだ
重要な業務命令を拒否した担当プロジェクトを正当な理由なく勝手に降りた
懲戒処分後も同様の行為をくり返した何度注意・警告を受けても遅刻を止めなかった

会社に損害を与えたわけでもなく、ただ退職を告げただけの社員を懲戒解雇するのは難しいでしょう。それどころか、不当解雇やパワハラとして訴えられる危険性もあるため注意が必要です。

有給消化を認めない

退職前の有給消化を認めない場合も、違法になるかもしれません。

労働基準法第39条にて、有給休暇は労働者に対する権利として認められており、基本的に「会社側は有給取得を拒否できない」とされています。

▼労働基準法第39条

1. 使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。
(中略)5. 使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。

補足として、会社側には有給休暇の「時季変更権」は認められています。時季変更権とは、労働者が有給休暇を取得することで業務運営に重大な支障をきたす場合に限り、休暇の取得時期を変更できる権利です。

ただし、ベリーベスト法律事務所によると、時季変更権を行使しても、休暇の取得時期を退職日よりも後にはできないとされています。つまり、会社の業務状況がどうであれ、退職者の有給消化は拒否できないことになります。

参考:

 e-Gov法令検索「民法」

ベリーベスト法律事務所「退職後に損害賠償請求された場合(されそうな場合)に行うべき対応」

アディーレ法律事務所「懲戒解雇とは?8つの問題行為と不当解雇だった時の対処法」

e-Gov法令検索「労働基準法」 

ベリーベスト法律事務所「退職するのに有給消化を拒否された! 労働基準監督署へ相談するべき?」

部下から転職を相談されないためにできること

部下の転職相談に関する対処法を知る前に、そもそも部下が転職を検討しないような魅力的な職場をつくることが大切です。

厚生労働省が公表している「令和4年雇用動向調査結果の概況」をもとに、部下が転職を考える原因および対処法を下表にまとめました。

原因対処例
労働条件が悪い・各社員の労働時間を把握し、負荷を分散させる
・常にワークフローを改善し、無駄な作業を減らす
人間関係がよくない・コミュニケーション重視の文化を育む
・過度な悪口や噂話をやめさせる
待遇に不満がある・一定の条件を満たした社員を昇給する
・成績優秀者にインセンティブを与える
仕事がつまらない・キャリアプランを伝え、仕事の意図を理解させる
・部署異動で新しい仕事にチャレンジさせる
会社の将来性に不安を感じている・会社の経営状況をメールや掲示板で配信する
・会社の目標やビジョンを共有し、各社員の役割を明確にする
家庭の事情で辞めざるを得ない・在宅勤務を推奨する
・時短勤務やフレックスタイム制を認める

部下が転職する原因や防止策を詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。

▼関連記事

参考:

厚生労働省「令和4年雇用動向調査結果の概況」p14

まとめ

部下の転職相談における対処法や注意点について解説しました。

部下から転職を持ちかけられた際は、衝動的な発言で相手を不快にさせないために、冷静に対応することが重要です。本記事で紹介したポイントをふまえて、部下の退職手続きをスムーズに行うだけでなく、退職後の業務も円滑に進められるよう、適切な対処を心がけましょう。

合わせて、そもそも部下から転職相談を受けないためにも、部下にとって魅力的な職場をつくっていくことも大切です。