「権利ばかり主張する部下はどのように対処したらいい?」

「権利主張が激しい部下は放っておいても大丈夫?」

このような疑問をもつ管理職も多いでしょう。社員としての義務を果たさずに権利ばかり主張する部下は、周囲にも悪影響をおよぼす恐れがあるため、早急かつ適切に対処する必要があります。

本記事では、権利を主張する部下の問題点や、適切な対処方法について解説します。部下の無理な権利主張を抑え、職場の雰囲気改善を目指したい方はぜひ参考にしてください。

権利を主張する部下が増えた要因

近年の日本企業では、「権利ばかりを主張する部下」も一定数いるのではないでしょうか。なぜ部下は権利主張ばかりするのか、考えられる要因を考察します。

働き方改革によって労働者の立場が強くなった

「働き方改革」によって労働者の立場が強くなったことで、権利を主張する部下が増えたと考えられます。働き方改革とは、労働者が個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を、自分で「選択」できるようにするための取り組みです。

働き方改革の大きな柱の1つとして、「労働時間法制の見直し」が挙げられます(下表参照)。

▼労働時間法制の主な見直し内容(厚生労働省)

見直し内容概要
残業時間の上限原則として、月間45時間/年間360時間を超える残業はできない(例外あり)
勤務間インターバルの導入1日の勤務終了後、翌日の出社までに一定時間以上の休息時間(11時間以上推奨)を確保する
年次有給休暇の取得義務化労働者の希望する時季に、有給休暇を年5日間取得しなければならない
残業割増賃金率の引上げ月の残業時間のうち、60時間以下の分は25%、60時間を超えた分は50%の割増率で賃金を支払う(大企業・中小企業ともに該当)
フレックスタイム制の拡充労働時間の清算期間を最大3ヶ月まで延長できる(例:6月に法定労働時間よりも20時間多く働いた場合、8月は20時間分働かなくても欠勤扱いにならない)

上記以外にも、働き方改革ではテレワークや時短勤務など、「柔軟な働き方」も推奨しています。働き方改革によって労働者の行使できる権利が増えた分、権利を主張する部下も増えているのでしょう。

ハラスメントを恐れる上司が増えた

権利主張の部下が増えた要因として、ハラスメントで訴えられるのを恐れ、部下に対して厳しく接することができない上司が増えたことも考えられます。

株式会社アスマークが中間管理職を対象に実施した調査によると、約46%がパワハラを恐れ、叱責を躊躇した経験があると回答しています。以下は、性別・年代別の回答結果です。

▼Q. 部下にパワハラだと思われそうで指導しづらいと感じることはありますか

年代・性別「よくある」「時々ある」と回答
30代男性52.0%
30代女性48.0%
40代男性45.0%
40代女性47.7%
50代男性46.0%
50代女性35.1%

上司が部下に強く出れなくなったことで、部下にとって上司は恐れる存在でなくなり、自分の意見や権利を主張しやすくなったと推測できます。

参考:

厚生労働省「働き方改革」

PR TIMES「上司に聞いた”叱責”に関する実態調査~「パワハラと思われそうで指導しづらい」と感じる30代男性は5割以上」

部下が権利を主張すること自体は問題ない

部下が権利を主張すること自体に問題はありません。民法や労働基準法に基づき、労働者はさまざまな権利を認められているからです。

▼(例)労働者に与えられた権利

労働者の権利概要
賃金の受け取り賃金は労働者に直接、通貨でその全額を支払わなければならない(労働基準法第24条)。
※賃金には、残業代や退職金なども含まれる
休憩・休日の取得一定の労働時間を超えた場合、所定の休憩時間を与えなければならない(労働基準法第34条)。
毎週最低1日は休日を与えなければならない(同35条)。
一定の要件を満たした場合、継続勤務年数に応じて有給休暇を付与しなければならない(同39条)。
退職の自由期間に定めのない雇用契約の場合、申し入れ日から2週間以上経過すればいつでも退職できる(民法第627条)。
※期間に定めがある雇用契約の場合、契約期間中は原則退職できない

法律以外にも就業規則や雇用契約書などで、労働者の権利は規定されています。もし、会社側がこれらの権利を守っていない場合、労働者が権利を主張するのは妥当といえるでしょう。

ただし、労働者は権利と同時に、義務も負っています。その一例として、弁護士法人ALG&Associatesによると、労働者は「労務提供の義務」を負うとされています。労務提供の義務とは、ただ単に出社して仕事をするだけでなく、労働契約に基づいた労務を提供しなければならない、というものです。

部下が自らの義務をほとんど果たさずに、権利ばかり主張していると、「権利を主張する前に義務を果たしてほしい」と不満に感じる上司も多いでしょう。

参考:

e-Gov法令検索「労働基準法」

e-Gov法令検索「民法」

弁護士法人ALG&Associates「労働者の権利と義務」について

権利を主張する部下は仕事ができない?

権利ばかり主張する部下の仕事の能力が低い要因として、「他責思考が強い」ことが考えられます。イリノイ大学スプリングフィールド校によると、このようなタイプは自分の欠点や課題に向き合おうとせず、責任の所在を外部に求める傾向が強いとされています。

うまくいかない原因を周囲の人間や環境のせいにし、自分に足りないものを考えようともしないため、仕事ができるようになるまでに時間がかかっているかもしれません。

参考:

【企業の女性活躍実態調査】半数以上の企業が「女性社員の意識」に課題感。育休から復帰した女性社員のぶら下がり化に警告。―人事担当者向け 中途採用支援サイト『エン 人事のミカタ』アンケート―

The University of Illinois at Springfield “Stop Complaining, Stop Blaming Others, & Look in the Mirror”

権利ばかり主張する部下を放置すると起こる問題

ハーバード・ビジネス・レビューの論文をもとに、権利ばかり主張する部下を放置すると起こりうる問題を解説します。

主張がエスカレートする

権利ばかり主張する部下を放置すると、主張がエスカレートしていくかもしれません。

人間は悲しみや怒りなど、負の感情をくり返し経験すると、脳内で「ネガティブな思考パターン」が癖づくことがわかっています。すると、感謝や喜びなど、ポジティブな感情が入り込む余地がなくなり、頭の中はネガティブな感情で支配されてしまいます。

権利主張が激しい部下は、ネガティブな思考が癖づいている可能性があります。この状態を放置すると、やがては日常的に不快感を覚えるようになり、ささいな問題が起こるたびに権利主張をくり返すようになるでしょう。

▼(例)エスカレートする権利主張

・「(通勤ラッシュを避けるために)時差出勤を認めてほしい」 ↓・「(通勤が面倒だから)在宅勤務させてほしい」 ↓・「(好きな時間に働きたいので)フレックスタイム制を導入してほしい」↓・「(家で仕事をすると電気代がかかるため)光熱費を補助してほしい」

周りの社員にも悪影響をおよぼす

権利ばかり主張する部下は、本人だけでなく周りの社員にも悪影響をおよぼす恐れがあります。

先ほども述べたとおり、権利主張はネガティブな感情に起因しているケースが多いです。人間はネガティブな考え方や反応をしていると、無意識のうちに、その感情を他人に移す習性があるとされています。つまり、他人を「自分の負の感情を投げ入れるゴミ箱」のように扱うのです。その結果、周囲の人間に重苦しさや疲れを感じさせるかもしれません。

また、人間は社会的に一体感を形成するために、無意識のうちに周囲の考えや感情を模倣する特性があるとされています。すなわち、ネガティブな思考が癖づいている社員がいると、その思考パターンが周囲に伝染し、権利主張や不平不満を口にする社員がさらに増える恐れもあります。

以上のことから、権利主張の激しい部下は組織全体に悪影響をおよぼし、放置すると生産性の低下や離職率のアップにつながるといえるでしょう。

参考:

Harvard Business Review “Managing a Chronic Complainer”

権利ばかり主張する部下の対処法

権利ばかり主張する部下の適切な対処方法を解説します。

就業規則と雇用契約書を整備する

後々社員とトラブルが起こりうる事項について、就業規則と雇用契約書を整備することが重要です。無茶な権利主張をされた場合でも、就業規則や雇用契約書に基づき、要求を拒否できる可能性があります。

たとえば、部下がその日締め切りの業務に取り組んでいる最中に、定時になったとします。権利主張の激しい社員だと、「定時なので帰ります」と残業を拒否するかもしれません。弁護士法人ALG&Associatesによると、以下の要件を満たしている場合は、社員に残業命令ができるとされています。

  • 36協定を締結している
  • 就業規則や雇用契約書に残業の規定がある
  • 運営上必要な残業である

以上のことから、権利主張の激しい部下につけ入る隙を与えないために、就業規則や雇用契約書は詳細に制定するのが好ましいといえます。

会社としての義務を果たす

法律や雇用契約書、就業規則で定められている、会社として守るべき義務は果たすことが大切です。会社が義務を果たしていなければ、部下に権利を主張されても仕方がありません。

たとえば、繁忙期に部下が有給休暇を申請したとします。労働基準法第39条では、「有給休暇は労働者の要求するタイミングで取得させなければならない」と規定されています。一応、有給休暇の取得時期が変更できる「時季変更権」の行使は認められているものの、有給取得が正常な運営を妨げるケースに限られます。つまり、たとえ繁忙期であっても、社員の有給取得を拒否することは、会社としての義務を果たしていないといえるでしょう。

▼労働基準法第39条5項

使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。

上記以外にも、会社が果たすべき義務は数多くあります。会社が義務を守っていない場合、権利主張の激しい社員につけ入る隙を与えることになるため注意が必要です。

無理な要求は拒否する

雇用契約書や就業規則で規定されていない、無理な権利主張は拒否することが重要です。すべての要求を受け入れていたらキリがない上に、他の社員や取引先にも迷惑をかける恐れがあるからです(例:営業職なのに「フレックスタイム制を認めてほしい」と主張する)。

世界的な人材育成組織であるアメリカン・マネジメント・アソシエーション(AMA)によると、部下の要求を拒否する際は以下の3ステップを踏むのが有効とされています。

ステップ
1. はっきりと拒否する「フレックスタイム制は認められません」
2. 拒否する理由を説明する「取引先は営業時間が決まっており、好き勝手な時間で仕事をすると迷惑がかかります」
3. 代替案を提案する「テレワークや時短勤務は就業規則で認められているので、こちらを検討してみてください」

以上のことから、部下の無理な権利主張はただ拒否するだけでなく、ダメな理由や代替案も伝えて、部下から敵意を向けられないよう工夫することが大切といえます。

社員としての義務を果たしていない場合は適切に指導する

権利主張の激しい部下が、社員としての義務を果たしていない場合は、適切に指導することが重要です。このような社員を放置すると、他の社員に迷惑がかかる恐れがあります。

人材管理分野の専門誌オープンジャーナル・オブ・ヒューマンリソースマネジメントに掲載されている論文によると、部下を指導する際は以下のポイントを意識するのが効果的とされています。

  • 問題に気づいたらすぐに指導する
  • ネガティブな点を指摘する前に、ポジティブなフィードバックから始める
  • 具体的な行動とその影響について指摘する
  • 明確かつ具体的に指導する
  • ポジティブなメッセージで締めくくる

▼(例)効果的な指導

「あなたがA社との商談を成功させたおかげで、業績が大きくアップしました。本当にありがとうございます。ただ、最近、遅刻が増えている点が気になります。ここ1ヶ月で3回遅刻していますね。あなたが遅刻することで、他のメンバーに迷惑がかかることもあります。時間厳守は社会人の基本です。寝坊しないように夜は早めに寝るなどして、遅刻しないよう対策してください。あなたの能力は非常に高く、チームの大きな支えです。これからも一緒に頑張っていきましょう。」

度が過ぎた権利主張はパワハラとして対処する

部下の権利主張があまりにも度が過ぎている場合は、パワハラとして対処した方がよいかもしれません。

パワハラと聞くと、一般的には上司から部下に対して行われるイメージが強いでしょう。しかし、中には「逆パワハラ」と呼ばれる、部下から上司に対するパワハラも存在します。

アクト法律事務所・波戸岡弁護士の見解によると、権利主張の激しい部下が逆パワハラをしているケースは多くあります。このようなタイプは権利という名のもとに、自分の要求を押しつけてくる傾向が強いとされています。要求に対して適切に反論しても、さらに強く反論されたり、「ハラスメントだ」と脅されたりすることで、上司が精神的に病んでしまうケースもあるようです。

Authense法律事務所によると、逆パワハラ社員の無理な要求に対しては、以下のように対処するのが効果的とされています。

対処法理由
毅然とした態度で対応する会社や組織として、部下の個人的な要求を受け入れる気がないことをはっきりと示すため
部下への注意や指導の内容を記録するパワハラとして対処する際の証拠を残すため
上長や専用の窓口へ相談する上司が再三指導しても無理な要求をやめない場合に、組織としてパワハラに対処してもらうため

部下から逆パワハラを受ける要因として、上司がハラスメントで訴えられることを恐れ、注意や指導を避けてしまうことが考えられます。業務上適切な範囲内の指導であればハラスメントは成立しないため、部下の無理な権利主張には毅然とした態度で対処することが重要です。

参考:

弁護士法人ALG&Associates「残業命令が違法となるケースと対処法」

American Management Association “How to Say No to an Employee Request”

Sryahwa Publications “Leadership Development: The Art of Constructive Criticism”

hatooka.jp「逆パワハラ社員の3類型。それぞれの対応策を解説します。」

弁護士法人Authense法律事務所「逆パワハラとは?上司が取るべき対応を弁護士がわかりやすく解説」

まとめ

権利を主張する部下の問題点や、適切な対処方法について解説しました。

法律や就業規則に基づき、部下が権利を主張する行為自体は問題はありません。しかし、社員としての義務を果たさずに権利ばかり主張する部下は、周囲にも悪影響をおよぼす恐れがあるため、早急に対処する必要があります。

本記事で紹介したポイントをふまえ、部下の権利主張には適切に、かつ毅然とした態度で対応しましょう。