「部下をどのように教育すればよいかわからない…」
「部下を教育する時間の余裕がない…」

上記のような悩みをもつ管理職も多いでしょう。効果的な教育計画を立て、計画に沿って部下を教育・訓練することで、これらの悩みが解決するかもしれません。

本記事では、部下の教育計画を作成する際の手順やポイントを、記入例付きで解説します。限られたリソースで効率よく人材を育成したい方は、ぜひ参考にしてください。

この記事の監修者
曽和 利光(そわ・としみつ)
株式会社人材研究所 代表取締役社長

新卒で株式会社リクルートに入社後、ライフネット生命保険株式会社と株式会社オープンハウスを経て、2011年に株式会社人材研究所を設立。「人と、組織の可能性の最大化」をテーマに掲げ、人事、採用にコンサルティング事業などを展開。『人事と採用のセオリー』など、これまで多くの書籍を出版し、いずれも大きな話題を集めている。

部下の教育に悩む上司は多い

部下の教育がうまくいかず悩む上司は多いといわれています。人材教育サービスを提供する株式会社EdWorksが、管理職を対象に実施した「部下育成の課題に関する実態調査」によると、管理職の62.0%が「部下の育成に悩みを抱えている」と回答しています。以下は、同調査で挙げられた主な悩みの内容です。

悩み回答割合
部下に成長意欲がない37.6%
育成に割く時間があまり取れない36.4%
どう育成して良いかわからない32.2%

上記のうち、とくに「育成に割く時間があまり取れない」という悩みについては、無駄のない効率的な教育計画を事前に立てることで解決する可能性があります。本記事では、教育計画の重要性や、効果的な計画の立て方などを解説します。

参考:
HRzine「管理職の62.0%が部下の育成に悩み 「成長意欲がない」「時間が取れない」の声—EdWorks調べ」

部下の育成に教育計画が必要な理由

厚生労働省が公表する情報をもとに、部下の育成に教育計画が必要不可欠な理由を解説します。

計画作成が法律で努力義務として求められているから

そもそも、部下の教育計画の作成は、法律(職業能力開発促進法)で努力義務として求められています。

▼職業能力開発促進法第11条

1 事業主は、その雇用する労働者に係る職業能力の開発及び向上が段階的かつ体系的に行われることを促進するため、第九条から第十条の四までに定める措置に関する計画を作成するように努めなければならない。2 事業主は、前項の計画を作成したときは、その計画の内容をその雇用する労働者に周知させるために必要な措置を講ずることによりその労働者の職業生活設計に即した自発的な職業能力の開発及び向上を促進するように努めるとともに、次条の規定により選任した職業能力開発推進者を有効に活用することによりその計画の円滑な実施に努めなければならない。

上記はあくまで努力義務であるため、仮に教育計画を作成しなかった場合でも罰則はありません。しかし、法律で求められている以上、会社は従業員の教育計画を作成する責任を負っているといえるでしょう。

教育方針を部下と共有しやすいから

教育計画を作成する大きなメリットとして、教育方針を部下と共有しやすい点が挙げられます。

教育計画があれば、部下の職種や能力別に「どのようなスキルが必要か」、そのためには「どのような学習・訓練が必要か」、方針が明らかになります。上司と部下が、このような教育方針について共通の認識をもつことで、

  • リソースが限られた中で、部下を効率的に教育する手段を見つけやすい
  • 目標やそれを達成するまでの道筋を示すことで、部下のモチベーションを高めやすい

などの効果が期待できます。すると、先ほど述べた、以下のような悩みは起こりにくくなるといえるでしょう。

  • 部下に成長意欲がない
  • 育成に割く時間があまり取れない
  • どう育成していいかわからない

部下の自発的な学習・訓練意欲を高められるから

教育計画を作成し共有することで、部下の自発的な学習・訓練、すなわち自己啓発の意欲を高められる可能性があります。

厚生労働省が実施した「令和5年度能力開発基本調査」によると、自己啓発を行っている労働者は約40%しかいないことがわかっています。さらに、全体の約80%が「自己啓発を行う上で何らかの問題がある」としており、そのうち約25%が「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない」と回答しています(下表参照)。

この結果から、「自己啓発が必要だと感じているが、何をすればいいのかわからず、結局何もできていない」人が多いことがわかります。部下に教育計画を共有し、目標達成のために必要な学習・訓練内容を具体的に示すことができれば、このような悩みは解決できる可能性が高いでしょう。

▼自己啓発を行う上での問題点

問題点回答割合
仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない60.0%
家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない28.2%
費用がかかりすぎる27.8%
どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない25.1%
自分の目指すべきキャリアがわからない21.1%

なお、上記を見ると、「時間がない」「お金がない」などの理由によって、自己啓発ができていない人が多いこともわかります。そのため、自己啓発の補助制度を設けるなど、会社として社員の自己啓発を推奨する環境をつくることも重要かもしれません。

参考:

厚生労働省「事業内職業能力開発計画」

e-Gov 法令検索「職業能力開発促進法」

厚生労働省「令和5年度「能力開発基本調査」の結果」

部下の教育計画を作成する手順

厚生労働省の「「事業内職業能力開発計画」作成の手引き」をもとに、部下の教育計画を作成する手順を解説します。

ステップ1. 求める人物像を明確にする

まずは、組織として求める人物像を明確にしましょう。

厚生労働省によると、求める人物像は、会社の経営理念や経営方針をもとに検討するのが効果的とされています。経営の理念や方針に沿った人材を育成することで、社員の意識・行動が1つの方向に向かい、会社が持続的に成長する可能性が高くなるからです。

たとえば、「顧客の創造を通じて関係者全員の幸福を追求し、各個人の成長を促す」という企業理念の場合、求める人物像は以下のようなものが考えられます。

  • 顧客のニーズや期待を深く理解し、それを超える価値を提供することを常に意識できる人材
  • 同僚や他部署との円滑なコミュニケーションを図り、協力しあいながら目標を達成できる人材
  • 常に新しいアイデアや視点を取り入れ、現状の課題や問題を解決するために創造的なアプローチを取れる人材

ステップ2. 必要な職業能力を整理する

次に、会社での業務に必要な職業能力を洗い出し、体系的に整理しましょう。社内の職務遂行に必要な職業能力の内容やレベルを明示することで、社員がキャリアを形成するための目標や課題が明確になるからです。

厚生労働省では、職業能力を整理する際に「職務要件書」を作成することを推奨しています。職務要件書とは、職位別に業務範囲や必要な能力をまとめた表です(下表参照)。

▼(例)製造部署の職務要件書

職位業務遂行・責任レベル必要な能力
上級職(管理職・リーダー)・所属部署全体の業務を改善する・技術的に高度な判断を伴う業務を担当・遂行する・下位等級者の業務遂行を援助・指導する①仕事の流れを全体的に把握し、業務単位で仕事を担当できる②高度な技術的提案・改善ができる③計画に基づき単独で業務が遂行できる④顧客・製品の特徴を把握し業務に生かせる⑤後輩のフォロー、指導ができる
中級職(中堅社員)・定型的な業務は自分で工数、質を管理し遂行する・新しい仕事を指導を受け遂行する①製品や技術の一般的知識を持ち、定型的な業務は完了まで単独で遂行できる②自ら進んで仕事を探し、行える③定型業務に習熟し、段取りから一貫して正確にかつ迅速に遂行・判断ができる④定型業務をより高いレベル改善できる
初級職(若手・新入社員)・業務に必要な基本的な知識を持ち、与えられた仕事を遂行する・定型業務を指導を受けできる①仕事の流れや理由など教えたことを正しく理解し、覚えることができる②会社の規則や仕事に関して必要な知識を身につけ、実行できる③わからないことは自分から聞き理解できる

上記に加え、必要な資格や研修などの情報を明示しておくことで、部下の自発的な学習・訓練意欲も高められるでしょう。

ステップ3. 教育ニーズを確認する

続いて、部下を育成するにあたってどのような教育が求められているのか、ニーズを確認しましょう。教育ニーズを明らかにすることで、教育が一般的なものや総合的なものになるのを防ぎ、より効果的な教育計画が立てやすくなるからです。

厚生労働省によると、教育ニーズは以下3つの側面から検討するのが望ましいとされています。

ニーズ
経営戦略上のニーズ今後海外事業を拡大するために、外国語が堪能な人材を育てたい
現場のニーズ製造現場で安全に作業を行うために、定期的に安全衛生教育にもっと力を入れたい
個人のニーズさまざまな業務経験を積むために、定期的に部署異動を行ってほしい

上記3つの側面からの教育ニーズを明確にした後は、以下のポイントを考慮した上で、ニーズに優先順位をつけましょう。

  • 緊急性
  • 重要性
  • 効果の持続性
  • 職場への影響
  • 経費効率

ニーズに優先順位をつけることで、無駄のない効果的な教育計画を立てやすくなります。

ステップ4. 教育計画を立てる

ステップ1~3までが完了したら、いよいよ部下の教育計画を立てましょう。

教育計画に決まったフォーマットはありません。リンデンウッド大学によると、教育計画には以下の項目を記載するのが効果的とされています。

項目概要
SMART目標Specific(具体的)
Measurable(測定可能)
Achievable(達成可能)
Relevant(関連性のある)
Time-Bound(期限付き)
な目標を設定する
6月30日までに、定例会議でプレゼンを行うことで、人前で話す能力を向上させたい 
方法・OJT
・社内研修
・社外研修
・自己啓発
など、教育・訓練の方法を決める
先輩社員に資料作成や予行演習などをサポートしてもらう
進捗目標の達成日や完了予定日など、進捗を記録する6月15日の定例会議でプレゼンを実施予定
予算・コスト研修費や教材費、人件費など、教育・訓練にかかるコストを確認する先輩社員および本人の人件費:約50万円
評価基準教育・訓練の効果を測定するため、評価基準を設ける・プレゼンに向けて万全の準備ができていたか
・視覚的にわかりやすい資料になっていたか
・簡潔かつロジカルに話せていたか
を総合評価する

なお、教育計画は作成したら終わりではなく、部下と共有することが重要です。先ほども述べたように、部下に対して目標やそれを達成するまでの道筋を示すことで、部下が高いモチベーションで仕事に取り組む効果が期待できます。

ステップ5. 教育計画を見直す

部下の教育計画は一度立てたら終わりではなく、適宜見直しましょう。「目標に無理はないか」「教育・訓練の方法に問題はないか」「コストをもっと減らせないか」など、計画の問題点や改善点を発見し、より効果的な教育計画を作成するためです。

ロチェスター工科大学では、教育計画を部下とともに評価(Evaluate)・レビュー(Review)し、SMART目標を新たに「SMARTER目標」へと修正することを推奨しています。その際、以下のような質問を投げかけ、評価・レビューすると効果的とされています。

評価・レビュー項目質問例
学んだこと・どんな知識やスキルを身につけた?
・目標は達成できた?
・どれだけの成果を上げた?
今後の方針・学んだことを今後どのように活かす?
・これから何をやっていきたい?
・やりたくないことはある?
教育・訓練方法の改善点・今の進め方に問題はある?
・訓練方法はどのように改善できる?
・こういうやり方はどう?

参考:

厚生労働省「「事業内職業能力開発計画」作成の手引き」

Lindenwood University “Planning for Employee Development”

Rochester Institute of Technology “Employee Development Plan Employee/Supervisor Guide”

【役職別】部下の教育計画の記入例

ここまでに解説した内容をふまえ、部下(新入社員・中堅社員)の教育計画の記入例を紹介します。

新入社員の教育計画

▼(例)製造職の新入社員の教育計画

SMART目標方法進捗予算・コスト評価基準
2ヶ月以内に品質管理の基本知識を習得し、理解度テスト(筆記・実技)で80点以上をとる・品質管理の基礎知識について、座学形式の講義で学ぶ
・先輩社員の指導のもと、実務を通じて品質管理の知識や技術を学習する
・6/1~6/3に座学講義を実施済み
・7/25に理解度テストを実施予定
・教育資材費:5万円
・先輩社員および本人の人件費:50万円
・理解度テストで80点以上を獲得できているか
・勤務態度に問題がなかったか
1年以内に品質検査時間を10%短縮するための改善策を2つ提案する・実務を通じて、検査時間の短縮方法を検討する
・社内・社外研修を定期的に実施し、品質管理に関する知識・技術を深める
・先輩社員指導のもと、検査方法を習得中
・3ヶ月ごとを目安に、検査方法の改善案の進捗報告会を実施予定
・教育資材費:50万円
・社外研修費:100万円・先輩社員および本人の人件費:500万円
・現在の検査方法の問題点を理解できているか
・進捗報告会で、実現可能な改善案を挙げているか

中堅社員の教育計画

▼(例)営業職の中堅社員の教育計画

SMART目標方法進捗予算・コスト評価基準
1ヶ月以内に10件以上の新規アポイントを設定し、5件以上を成約に結びつける・メールや架電を増やし、アポイントの母数を上げる
・ロールプレイングを定期的に実施し、営業スキルを高める
・毎週末に会議を開き、改善点を議論する
・毎日50件以上の新規顧客にアプローチできている
・成約率が低いため、5/10にロールプレイングを実施予定
・5/13に成績優秀な先輩社員の商談に同行予定
・先輩社員および本人の人件費:30万円・新規顧客へのアプローチ数が多いか(月1,000件以上目安)
・月10件以上の新規アポイントをとれているか
・新規顧客から月5件以上成約できているか
3年以内にチームリーダーを務め、5年以内にチーム単体で年間売上1億円を達成する・リーダーシップ研修を受講し、マネジメントのノウハウを学ぶ
・若手社員の指導・教育を担当する
・4/30にリーダーシップ研修を受講済み
・新入社員のOJTを担当中
・教育資材費:10万円
・社外研修費:50万円
・本人の人件費:1,500万円
・若手社員が独り立ちできるよう、適切に指導・教育できているか
・3年以内にチームリーダーを務められるだけの能力があるか
・5年以内にチーム単独売上1億円を達成しているか

まとめ

部下の教育計画を作成する際の手順やポイントについて、記入例付きで解説しました。

「部下の教育方法がわからない」「部下を教育する時間がない」など、部下の教育がうまくいかず悩む上司は多いといわれています。しかし、部下の教育計画を事前に作成しておくことで、これらの悩みが解決するかもしれません。

本記事で紹介したポイントをふまえて、無駄のない効果的な教育計画を作成し、優秀な人材の育成に役立ててください。