「なぜ部下は成長しないのか」「その原因は部下自身にあるのか、それとも職場環境にあるのか?」と悩む方も少なくありません。実際、約4割の管理職が自身のフィードバックの効果に疑問を感じ、6割の新任管理職がフィードバックをためらっているという現状があります。

本記事では、心理学的観点に基づいて、成長しない部下を成長させる効果的な方法について解説します。

この記事の監修者
曽和 利光(そわ・としみつ)
株式会社人材研究所 代表取締役社長

新卒で株式会社リクルートに入社後、ライフネット生命保険株式会社と株式会社オープンハウスを経て、2011年に株式会社人材研究所を設立。「人と、組織の可能性の最大化」をテーマに掲げ、人事、採用にコンサルティング事業などを展開。『人事と採用のセオリー』など、これまで多くの書籍を出版し、いずれも大きな話題を集めている。

部下の成長に悩む上司は多い

多くの上司が部下の成長を促進しようと努力していますが、その成果に不安を感じている現状があります。上司は部下にフィードバックを行うものの、それが実際に部下の行動変容に結びついているのかどうかを確認することが難しく、悩みの種となっています。

株式会社ラーニングエージェンシーが実施した管理職意識調査によると、約4割の管理職が、自身のフィードバックが部下の行動に十分に結びついていないと感じていることが明らかになりました。

上司は部下の育成に多大な労力を費やしているにもかかわらず、期待通りの成果が得られず、疲弊している場合も少なくありません。時間と労力を投じても、目に見える形で部下が成長しないことは、上司のモチベーション低下にもつながる深刻な問題です。

フィードバックをためらう上司も一定数存在する

一方で、フィードバックを行うこと自体に躊躇する上司も存在します。同社が実施した調査では、新任管理職の約6割がフィードバックをためらっていることが判明しました。この結果は、フィードバックの重要性は理解していながらも、実際に行動に移すことの難しさを示しています。

この背景には、近年のハラスメントに対する社会の見方が変化している可能性があります。以前は許容されていた指導や叱責が、現在ではハラスメントと捉えられる可能性があるため、上司がフィードバックをしづらい環境になっているのではないかと考えられます。

上司は部下の成長を促進するという重要な役割と、ハラスメント防止との間でバランスを取ることを求められているのです。

参考:株式会社ラーニングエージェンシー「管理職意識調査」

成長しない部下の3つの特徴

心理学的な観点から見ると、成長しない人には共通の特徴があることがわかっています。その中でも特に顕著なのが「固定志向」と呼ばれるマインドセットです。

固定志向とは、個人の知能や能力が生まれつきのものであり、努力しても本質的には変わらないと考える思考様式のことを指します。

この固定志向を持つ人は、自身の能力や才能を固定的なものと捉えるため、新しい挑戦や困難な課題を避ける傾向があります。ハーバードビジネススクールの記事によれば、成長しない部下には以下の3つの特徴があるとされています。

  • いまから新しいスキルを学ぶことは難しいと感じている
  • 挑戦や失敗を避ける
  • 他人からのフィードバックを自分の能力の欠如ととらえがち

それぞれについて詳しく見ていきましょう。

いまから新しいスキルを学ぶことは難しいと感じている

固定志向を持つ部下の多くは、新しいスキルを学ぶことに強い抵抗感を示します。「努力しても変わらない」と考え、自身の能力は生まれつきのものだと信じています。そのため、新たなスキル習得に消極的で、「今からでは遅い」「今のやり方で十分」といった考えがちです。

この場合、職場環境への適応を難しくし、キャリアアップの機会も逃してしまいます。

挑戦や失敗を避ける

固定志向を持つ部下は、挑戦や失敗を極力避ける傾向があります。自身の能力に限界があると信じ込んでおり、「自分にはこれくらいの能力しかないから挑戦できない」という思い込みが強くあります。この考え方が、新しい挑戦を避ける行動につながります。

未経験の業務や難しい プロジェクトに直面すると、自信を失い、「できない」と早々に諦めがちです。結果として、これまでやったことがない仕事や新しい役割を避け、コンフォートゾーンに留まろうとします。

他人からのフィードバックを自分の能力の欠如ととらえがち

固定志向の部下は、他人からのフィードバックを自分の能力不足の指摘と誤解しがちです。アドバイスを自分の価値や能力への否定と捉える傾向があります。「能力が足りないと思われている」という思い込みが強く、建設的な意見でさえも個人的に攻撃されていると受け取ってしまいます。

このマインドにより、フィードバックを素直に聞き入れることが難しくなります。改善のためのアドバイスを拒絶したり、無視したりすることで、成長の機会を逃してしまいます。

参考:Harvard Business School”Growth Mindset vs. Fixed Mindset: What’s the Difference?”

部下が成長しない原因は職場にもある

一方、部下が成長しない原因は職場にもあります。

過度なマイクロマネジメント

マイクロマネジメントとは、上司やリーダーが部下や新人の行動を細かく管理し、過度に干渉するマネジメントを指します。しかし、ベイラー大学の記事によれば、このような過干渉は多くの問題を引き起こすとされています。

部下は「管理が厳しすぎる」「窮屈だ」「批判的だ」「信頼されていない」と感じ、モチベーションや創造性の低下につながります。また、自主性や判断力の育成を阻害し、部下の成長を妨げる可能性があるでしょう。

結果として、マイクロマネジメントは部下のパフォーマンスだけでなく、組織全体の生産性や雰囲気にも悪影響を及ぼします。

参考:

 Baylor University”The Power of Trust and Avoiding Micromanagement”

ネガティブな環境

トキシックな文化(Toxic Culture)とは、従業員の離職を促す最大の要因となる「有害な職場環境」を指します。マサチューセッツ工科大学によれば、トキシックな文化は社員のパフォーマンスに深刻な悪影響を与えるとされています。

このような職場環境の特徴として、過剰な官僚主義、リスクを回避する、閉鎖的な雰囲気、モラルのない対応などが挙げられます。トキシックな文化は、部下の会社や上司への不満を増大させ、従業員エンゲージメントの低下を招きます。

結果として、生産性や仕事への意欲の低下、そして最終的には離職につながります。

参考:

 Massachusetts Institute of Technology”Why Every Leader Needs to Worry About Toxic Culture”

部下を成長させるために上司のするべきこととは?

以下では部下を成長させるために必要な上司の行動やマインドセットについて解説します。

部下の仕事に対する動機を理解する

部下の成長を実現するためには、まず部下の仕事に対する動機を深く理解することが重要です。部下が持つ動機や価値観を把握することにより、より的確なサポートが可能になります。

具体的には、部下がどのようなモチベーションで日々の仕事に取り組んでいるのか、また、どのような業務や環境下で充実感や楽しさを感じているのかを探ることが重要です。これらは、部下との普段のコミュニケーションや定期的な面談を通じて得ることができます。

さらに、部下の将来のキャリアビジョンについても理解を深めることが大切です。部下が描く将来像や実現したいキャリアパスを知ることで、現在の業務がそのキャリア形成にどのように寄与するのかを示すことができます。

部下が今の環境で得たいスキルや経験を理解し、機会を提供する

部下の成長をサポートするためには、現在の職場環境から何を得たいと考えているかを深く理解することが重要です。

部下一人ひとりが持つ期待や目標は多様であり、それらを正確に把握することが、部下の成長の第一歩となります。

部下が今の環境でどのようなスキルを習得したいと考えているのか、どのような経験を積みたいと願っているのか、そしてどのような方向性で成長したいと思っているのかを1on1などを通じて理解することが求められます。

部下の強みを認識し、それを生かす方法を考える

部下一人ひとりの強みを認識し、それを最大限に活用することは非常に重要です。個人の成長を加速させるだけでなく、チーム全体の生産性と効率性を向上させる鍵となります。

ただし、強みだけに注目しすぎると、弱みを改善する機会を逃す可能性もあるため、バランスの取れたマネジメントが求められます。

少し難しい仕事を任せてみる

部下の成長を促進する上で、適度にチャレンジングな仕事を任せることは非常に効果的な方法です。常に簡単な仕事ばかりを与えていては、部下の能力を引き出し、成長を促すことは困難です。そこで、時には少し難しい仕事を任せてみることが重要になります。

例えば、通常は担当しないような重要な顧客との対応を任せたり、新しいプロジェクトのリーダーを務めてもらったりすることが考えられます。こうした経験は、部下に新たなスキルの獲得や、自身の能力の再認識する機会にもなります。

昇進や昇格にはどのようなスキルが必要かを明確にする

組織における部下の成長と動機付けを効果的に促進するためには、昇進や昇格に必要なスキルを明確に示すことが極めて重要です。具体的にどのようなスキルを身につければ次のキャリアステップに進めるのかを明確にすることで、部下の成長に明確な方向性を与えることができます。

明確な目標と公平な評価システムがあることで、部下は自身の努力が確実に評価され、キャリアにつながると実感できるのです。これは、「頑張っても無駄」という消極的な姿勢を防ぎ、継続的な成長と組織への貢献を促す重要な要素となります。

まとめ

部下の成長に悩むことは、多くの上司が経験する課題です。完璧な解決策はありませんが、小さな変化から始めることが大切です。

部下の成長を支援する過程は、上司自身の成長の機会にもなります。焦らず、着実に、より良い職場づくりへの一歩を踏み出していきましょう。

人材研究所のコメント

自己効力感は、目標達成において重要な要素の一つです。あるクライアントでは、成長がなかなか見られない部下に対して、上司がどのようにアプローチすべきか悩んでいました。そこで上司は部下と共に仕事を細分化し、達成可能な目標を設定しました。また定期的に「継続すべきこと、課題、学んだこと」等を振り返り、ポジティブフィードバックも積極的に行いました。その結果、部下はスモールステップで成功体験を積み、「自分にもできるかもしれない」と感じるようになり、目の前の目標に意欲的に取り組む他、新たな仕事にも積極的に挑戦する好循環が生まれ、成長角度が加速しました。