「リーダーは部下を導くもの」という考え方が一般的です。しかし、現在ですが、リーダーが部下を支える「サーバントリーダーシップ」が注目されています。この新しいリーダーシップは、従業員の満足度や職場の信頼関係を向上させ、組織全体の成長をもたらすスタイルです。
この記事では、サーバントリーダーシップの考え方やメリット、導入方法について詳しく解説します。
この記事の監修者
三橋史佳(みつはしふみか)
株式会社人材研究所
青山学院大学卒業後、人事コンサルティング会社の(株)人材研究所に入社。これまで外資系大手企業やIT系ベンチャー企業、創業100年の老舗メーカーなど新卒・中途を問わず様々な企業の採用支援や組織分析に携わる。現在はキャリアコンサルタントの資格を持ちながら、人材研究所マネージャーとして部下を育成しながらコンサルティングに従事。
サーバントリーダーシップの定義
サーバントリーダーシップは、1977年にAT&Tの重役であり、経営研究者でもあったロバート・グリーンリーフ氏によって提唱されたリーダーシップのスタイルです。このスタイルの特徴は、リーダーが自分自身よりも部下のニーズや望み、利益を優先する点にあります。
グリーンリーフ氏によれば、サーバントリーダーは単に指示を出すのではなく、部下が「より健全に、賢く、自律的に成長する」ことを支援する存在です。これにより、部下自身も他者を支えられる「サーバント」になっていく可能性が高まるとされています。
サーバントリーダーシップの導入事例
サーバントリーダーシップは、従業員一人ひとりを支え、成長を促すリーダーシップスタイルとして、多くの企業で取り入れられています。セブンイレブン、マリオットインターナショナル、サウスウエスト航空といった企業がその一例です。
参考:
Harvard Law School“Servant Leadership Theory”
Modern Servant Leader”Servant Leadership Companies List”
サーバントリーダーシップの特徴
ハーバード大学ロースクールの記事によると、サーバントリーダーシップには、部下や周囲の人を支え、組織全体を成長させるための7つの行動特徴があります。以下ではそれぞれの特徴について解説します。
部下の意見に耳を傾ける
他者の話に真剣に耳を傾けるため、対話に集中します。例えば、部下が新しいアイデアを提案したときに「なるほど、そういう視点もあるね。詳しく聞かせてもらえる?」と声をかけ、しっかりと相手の話を最後まで聞きます。これにより、部下は自分の意見が尊重されていると感じ、意欲が高まります。
相手の気持ちを理解し寄り添う
他者を理解し、相手の立場に立って共感し、受け入れる努力をします。例えば、部下が仕事の悩みを話してきたときに「その状況、確かに辛いよね。私も以前、似たような経験をしたことがあるから分かるよ」と共感することで、相手に安心感を与えます。この共感が、信頼関係の構築につながります。
部下の心を癒し、成長をサポート
部下が感情的な傷を克服し、全体的な成長を目指せるようサポートします。例えば、ミスをして落ち込んでいる部下には「誰にでも失敗はあるよ。大切なのは次に活かすことだよ」と伝え、失敗を糧に成長できるよう励まします。これにより、部下は心理的なサポートを感じ、立ち直る力を得られます。
自分の影響力を意識する
自分が持つ権力や倫理観、価値観が職場に与える影響を理解し、客観的な判断ができるよう自己認識を深めます。
例えば、会議で意見が対立した際に「この決定が他のチームに与える影響も考えよう」と声をかけ、広い視野を持って行動し、公平な意思決定が行われるよう導きます。このように、意思決定の場では、特定のチームや個人に偏らず、組織全体にどのような影響があるかを考えることが重要です。
強制ではなく、納得を得る
強制するのではなく、議論を通じて他者を説得します。例えば、プロジェクトの進め方について異なる意見がある場合、「どうしてその方法が良いと思ったの?」と質問して意見を引き出し、お互いの考えを比較しながら納得できる結論を導き出します。このアプローチが、信頼に基づく協力体制を築く助けとなります。
目先にとらわれない
日々の現実にとらわれず、長期的な視点でビジョンを描く力を大切にします。例えば、新規プロジェクトを始める際に「5年後、このプロジェクトがどのように会社や顧客に影響を与えるか考えてみよう」とメンバーに問いかけ、全員が共通の目標を持てるようにします。この視点が、プロジェクトの方向性を明確にします。
将来を見通す力を持つ
過去の教訓や現在の状況をふまえ、将来への影響を見通す力です。例えば、業界に変化が起きた際に「前回も似た変化があったね。その時に気づいたことを今回に活かせないか?」と過去の経験を引き合いに出し、慎重に未来を見据えた判断ができるよう助言します。
組織の枠を超えて考える
社会全体の利益を意識して行動します。例えば、新しい取引先との契約を結ぶ際、「この契約が長期的に会社だけでなく取引先や地域社会にとっても良い影響を与えられるか確認しよう」とメンバーに働きかけます。組織の枠を超えた広い視点での判断が求められます。
一人ひとりの成長を支援する
部下一人ひとりの成長を大切にし、スキルやキャリアの向上をサポートします。例えば、「今後伸ばしていきたいスキルは何かある?」とキャリアの希望を聞き出し、そのための研修やプロジェクトへの参加機会を提供します。このようなサポートにより、部下は安心して成長に取り組めます。
強いつながりを持つ組織作り
組織内に強いつながりを持つコミュニティーを築く努力をします。例えば、定期的にチームの交流会を開き「みんなの経験やアイデアを共有する場を作ろう」と呼びかけることで、メンバー同士の協調性が強化され、働きやすい環境が整います。
参考:
Harvard Law School“Servant Leadership Theory”
サーバントリーダーシップが注目される背景
ナザレン大学の記事によると、サーバントリーダーシップが注目を集める背景には、現代の労働環境において職場文化や公平性、公正な採用や人事のあり方がこれまで以上に重視されている点が挙げられます。
特に、従業員はリーダーに対して「組織や自分たちが大切にする価値観を、行動で示すこと」を期待しており、こうした姿勢が見られないリーダーに対しては不満を感じやすくなっています。
また、ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、労働人口の40%以上をミレニアル世代とZ世代が占め、今後もこの割合は増加する見込みです。これらの世代は、企業を選ぶ際に「従業員の福利厚生や能力開発にどれだけ配慮しているか」を重視しています。
ギャラップ社の調査でも、ミレニアル世代とZ世代が雇用主に求める第一の特徴として「従業員の幸福に配慮していること」が挙げられています。
こうした傾向は、倫理的な組織で働くことを重視してきた以前の世代との違いを反映しており、現代の労働環境では「思いやりのあるリーダーシップ」が不可欠であることを示しています。サーバントリーダーシップは、従業員の成長や幸福を中心に据え、リーダーが組織全体を支える姿勢を大切にするため、これからの時代に合ったリーダーシップスタイルとして期待されています。
参考:
NAZARENE UNIVERSITY“Why is Servant Leadership Important?”
サーバントリーダーシップのメリットと注意点
サーバントリーダーシップは、従業員の成長や幸福を支えながら、組織全体の成果や信頼性を高めるリーダーシップスタイルです。しかし、すべての職場に適しているわけではなく、導入にあたっては注意が必要です。
ここでは、サーバントリーダーシップがもたらすメリットと、導入に際しての注意ポイントをわかりやすく解説します。
メリット
サーバントリーダーシップには、従業員の仕事満足度や生産性を高め、職場に信頼と協力の文化を築く効果があります。まずは、スパルディング大学の記事をもとに、サーバントリーダーシップが組織にもたらす具体的なプラスの影響を解説します。
従業員の仕事満足度が高まる
サーバントリーダーシップのもとでは、従業員が職場で「大切にされ、尊重されている」と感じやすくなり、仕事への満足度が向上します。
例えば、サーバントリーダーがいるジェイソン・デリの店舗では、従業員の離職率が他店舗より50%も低いことが報告されています。リーダーのサポートを実感することで、職場に対する愛着が強まり、定着率が上がるのです。
チームの生産性と協調性が向上する
サーバントリーダーシップは、職場にポジティブな雰囲気を生み出し、チームワークと協調性を強化します。
実際、5つの銀行で304人の従業員を対象とした調査では、サーバントリーダーシップの下で目標やプロセスが明確化され、チーム全体が目標達成に向けて協力する「チームポテンシー(集団の信念)」が向上しました。
リーダーがメンバーの目標達成を支えることで、効率的で生産性の高い職場が実現されます。
倫理的で信頼される職場文化が生まれる
サーバントリーダーシップでは、リーダーが利益よりも従業員や顧客のニーズを優先し、社会的な責任を重視します。ここでの社会的な責任とは、従業員が安心して成長できる職場環境を整え、地域社会に貢献し、環境に配慮した取り組みを行うこと、そして顧客に誠実なサービスを提供することなどです。
このような姿勢を示すことで、リーダーは職場に誠実で倫理的な文化を根づかせ、組織全体にその価値観を浸透させます。リーダーのこうした姿勢に共感する人材が集まることで、組織への信頼が深まり、従業員の一体感やエンゲージメントもさらに向上するのです。
参考:
Spalding University“8 Characteristics of Effective Servant Leadership”
注意点
サーバントリーダーシップは有効なリーダーシップスタイルですが、導入にはいくつかの注意点があります。以下では、ペンシルバニア州立大学の記事をもとに、その主なポイントを紹介します。
すべての組織に適しているわけではない
サーバントリーダーシップがすべての組織に合うとは限りません。例えば、消防隊や警察など、厳格な指示のもとで素早い判断や行動が求められる職場では、リーダーが即座に指示を出し、メンバーが迅速に従うことが成功の鍵となり、サーバントリーダーシップのような柔軟なリーダーシップは適さない場合があります。消防隊や警察以外にも、会社でも厳格な指示のもとでマネジメントを行う組織は少なくないでしょう。
そのため、事業の状況や、組織の性質に合わせたリーダーシップを選ぶことが重要です。
形だけの実践では効果がない
サーバントリーダーシップは、表面的な実践では効果を発揮しません。権力志向のリーダーは、自身の影響力や部下に対する優位性を重視する傾向があり、部下を支える姿勢や真心からのサポートが欠けやすくなります。
このリーダーシップスタイルは「本物の配慮」や信頼が前提のため、権力志向のリーダーが形だけ取り入れても、部下にはすぐに見抜かれ、信頼を損ねてしまいます。
サーバントリーダーシップを実践するには、リーダーの本気の姿勢と、従業員の成長を支えたいという真摯な思いが不可欠です。
真のサーバントリーダーを見つけるのが難しい
サーバントリーダーシップを実践するリーダーには、自分の栄光よりもチームの成長を優先する姿勢が求められます。しかし、多くのリーダーにとって、自らの功績や報酬を重視しない姿勢を保つのは簡単ではありません。
真のサーバントリーダーを見つけるのは難しく、特に自分の成功を評価されたいという気持ちは誰もが持っているため、この点がサーバントリーダーシップの導入の障壁になりやすいです。
導入には時間がかかる
導入に時間がかかることも、サーバントリーダーシップの注意点のひとつです。このリーダーシップスタイルは、信頼関係やチームの結束、従業員が職場に所属しているという安心感を土台に成り立っています。そのため、短期間で成果を求めるのは難しく、効果を出すには時間が必要です。
リーダーはじっくりと従業員一人ひとりと向き合い、モチベーションや課題を理解し、長期的に支援していく姿勢が求められます。例えば、離職率を下げたり、信頼関係を築くといった効果を期待する場合、こうした取り組みを長期的に続けることが前提となります。
参考:
サーバントリーダーシップを導入するために必要なこと
サーバントリーダーシップを効果的に導入するには、リーダーが従業員を支え、信頼関係を築くための具体的な行動が重要です。
以下では、ディルク・ファン・ディレンドンク氏らの研究をもとに実践のヒントを紹介します。
部下が成長するための支援を行う
部下が成長できるように、必要なスキルやリソースを提供し、自立を促します。
例えば、部下が新しいプロジェクトに挑戦するときには「何か足りないことや、もっとサポートが必要なことがあれば教えてほしい」と声をかけ、必要なツールや情報を事前に準備して提供します。
リーダーが「してあげる」だけではなく、部下が自ら考えて行動できるようサポートすることがポイントです。
謙虚に他者の貢献を認める
リーダーは、プロジェクトでの他者の貢献を素直に称賛し、功績を独り占めしない姿勢を示すことが大切です。
例えば、チームが成功を収めた際に「今回のプロジェクトは、◯◯さんのアイデアとみんなの協力があったからこそ成功したね」と発言し、個々の貢献を認めます。また、自分のミスがあれば「私も判断ミスがあったね。次に活かしていこう」と進んで認めることで、信頼感が生まれます。
誠実で正直な姿勢を貫く
リーダー自身が正直な姿勢で率直にコミュニケーションをとることで、職場全体の信頼が高まります。
例えば、難しい決断を下す場面では「正直、今回の判断は簡単ではなかった。でも、みんなの意見を踏まえてこう決めました」と真摯な気持ちを伝え、適切な場面では感情を表に出して共有します。こうした率直な姿勢が、職場の一体感を強めます。
部下の失敗を受け入れ、励ます
部下が過去に失敗しても、責めるのではなく、挑戦を続けられるようサポートするようにしましょう。
例えば、部下がミスをしたときには「誰でもミスはあるよ。次はどうすれば改善できるか一緒に考えよう」と声をかけます。また、「この経験は必ず次に活かせるから、一緒に前向きに進もう」と励まし、失敗を前向きに捉えられるようサポートする姿勢が大切です。
チームが進む方向を明確に示す
リーダーは組織のビジョンや目標を明確に伝え、チームが同じ方向に進む意識を持てるようにすることも求められます。
例えば、プロジェクトの初期段階で「このプロジェクトが完了すれば、会社にとって大きな成長につながる。短期的には〇〇を目指し、長期的には〇〇が達成できることを目標にしよう」と具体的なゴールを共有し、期待する役割についても話し合います。こうすることで、メンバーが一体となって目標に向かうことができます。
参考:Leading to Serve: Strategies on the Servant Leadership Approach
まとめ
サーバントリーダーシップは、従業員一人ひとりの成長と幸福を支えることを重視した、今注目されるリーダーシップスタイルです。リーダーが部下を支えることで、信頼と協力の文化が職場に広がり、長期的には組織全体の成長と安定にもつながります。
ただし、サーバントリーダーシップの導入には、リーダーの真摯な姿勢と時間をかけた取り組みが必要です。このリーダーシップがすべての職場に適しているわけではありませんが、柔軟に取り入れることで、職場環境の改善に大きな効果を発揮するでしょう。
この記事で紹介したメリットや具体的な実践方法を参考に、サーバントリーダーシップの導入を検討してみてはいかがでしょうか。
ある中堅製造業のリーダーは、メンバーの意欲低下や高い離職率に悩んでいました。業務効率を重視した指示型のスタイルでは、メンバーが自主的に動かず、チーム全体のパフォーマンスも停滞していたのです。そこでリーダーはサーバントリーダーシップを取り入れ、個別面談で悩みや目標を丁寧に聞き出し、「働きやすくするために必要なこと」を一緒に考えました。さらに、アイデアを形にするためにリーダー自身が率先して行動しました。その結果、リーダーへの信頼が生まれ、問題解決にチーム全体で取り組む文化も醸成され、メンバーの意欲向上と離職率の改善が実現しました。