企業が人材の成長とパフォーマンス向上を目指すために導入するタレントマネジメントとは、優秀な人材を見つけ出し、採用し、育成し、定着させるための戦略を指します。これは単なる人材管理ではなく、企業の長期的な成長と競争力を高めるための重要な取り組みです。

しかし、実際には多くの企業がこのタレントマネジメントの導入に苦戦しているのも事実です。この記事では、タレントマネジメントの失敗を招く原因と、その改善方法について詳しく解説します。

タレントマネジメントの運用が失敗する理由は?

ハーバードビジネスレビューによれば、タレントマネジメントがうまく機能しない要因として「部族性」「従順さの重視」「文脈の無視」の3つの側面が軽視されているとされています。

こうした偏りが続くと、組織が本来の成長力や革新性を発揮できなくなるリスクが高まります。以下では、それぞれの問題と解決策について解説します。

部族性:同質的な集団による偏った評価

どんなに大規模な組織でも、社員は「同質的な小集団」を作り、その集団内での安心感やアイデンティティを大切にする傾向があります。

この「部族性」が根付くと、人材評価や昇進の際に「馴染みのある人」や「自分の集団に属する人」を優先するようになり、新しい視点や異なるバックグラウンドを持つ人材が評価されにくくなることが指摘されています。

例えば、異なる部門やチームからの意見が軽視されがちで、結果として組織全体の多様性や創造性が抑制され、新しいアイデアが浸透しにくくなるリスクがあります。

この部族性を解消するには、まず人材評価の際に、従業員に対する「〇〇なタイプの人」といった固定的な見方が影響していないかを見直すことが大切です。「抵抗者」「強い個性」といった表現が評価の基準に含まれていないか確認することで、偏見がどこに潜んでいるかを見つけ出し、より公平な評価ができる体制を整えやすくなります。

従順さの重視:革新性のある人材が育たない

タレントマネジメントでは、上層部が自分に従順で反論しない部下を評価しがちです。この傾向が強まると、創造的で挑戦的な意見を持つ人材が正当に評価されず、組織の革新力が低下する原因になります。

結果として、従順な人材ばかりが増え、未来に向けた革新を生み出す人材が育ちにくい状況が生まれます。

例えば、新しいプロジェクトを提案した人材が「上司の意向に従わない」とみなされて評価が下がると、挑戦する意欲が組織全体から失われてしまいます。

この問題を改善するためには、評価基準を「感じの良さ」や「合わせやすさ」といった主観的な評価から、実際の業務パフォーマンスや問題解決力、独自のアイデアに基づく客観的な指標へとシフトすることが必要です。

例えば、成果やチャレンジ精神といった具体的な指標を導入すれば、偏見に左右されずに、実力に基づいた評価が行いやすくなります。

文脈の無視:組織の文化や価値観を無視した採用

タレントマネジメントでは、つい「優秀な人材をとにかく集めれば成果が出る」と考えがちです。しかし、ただ優れた能力を持つ人を集めただけでは、組織にうまく馴染まず、かえって問題が生じる場合もあります。

背景には、採用する側が自社の文化や価値観といった「文脈」を十分に考慮せず、表面的なスキルや実績のみで採用判断をしてしまうことがあります。その結果、せっかくの才能が組織内で活かされない状況が起こるのです。

例えば、自主性を大事にする社風に、指示通りに動くことが得意な人材が入ると、お互いにストレスを感じることもあります。こうしたミスマッチを避けるには、候補者の能力や特性を見極めると同時に、自社の文化や価値観もよく理解し、それに合った人材を採用することが大切です。

参考:

 Harvard Business Review“3 Reasons Why Talent Management Isn’t Working Anymore”

そもそもなぜタレントマネジメントが必要なのか?

ワシントン州立大学の記事によると、企業がタレントマネジメントを重視する理由は、優秀な人材を「見つけ、採用し、定着させ、育成する」ことが、組織の成長と成功に不可欠だからです。

特に、選択肢が多くなり、キャリアを自ら選び取る傾向が強まっている現代の労働市場においては、優れた人材がすぐに転職を選ぶケースも増えています。

このため、企業は有能な人材をただ集めるだけでなく、長期的に定着してもらうための戦略をとることが求められます。

タレントマネジメントの目的は、労働者がキャリア目標を実現するために他の企業へ転職する代わりに、自社に留まり続ける理由を与えることにあります。

マネジャーは、社員一人ひとりが自分のキャリア目標を達成できるよう支援しながら、成長や満足度を高める環境を整えます。これにより、社員のスキルが活かされ、長期的な貢献が期待できるのです。

タレントマネジメントの重要性は年々高まっており、そのためには専門的な知識やスキルがますます求められています。

企業レベルで効果的に人材を管理・運営するために、オンラインMBAの学位を取得して専門知識を身につけることが、タレントマネジメント分野でのキャリアを目指すうえで今後の人事戦略にも大いに役立つと考えられます。

参考:

Washington State University“The Importance of Talent Management”

タレントマネジメントを実施する際に直面する困難

企業が優秀な人材を確保し育成するためのタレントマネジメントには、多くの課題が伴います。タレント マネジメント インスティテュートの記事によると、特に以下の6つの側面において、企業は多くの困難に直面しています。

トップ人材の特定と維持

競争が激化する労働市場において、優れた人材を見つけ出し、長期的に引き留めることは非常に難しい課題です。優秀な人材は他企業から引き抜きの対象になりやすく、キャリアニーズや期待に応えられないと離職のリスクが高まります。

そのため、企業がこうした人材を継続して維持できるよう、魅力的な職場環境や成長の機会を提供することが重要です。

タレントマネジメントの戦略の構築

企業のビジネス目標と一致する明確なタレント戦略の構築も、大きな課題です。明確な目的がなく、戦略が欠如した状態では、タレントマネジメントの取り組みに一貫性がなくなり、期待する成果を上げにくくなります。

タレントマネジメントを成功させるためには、企業全体の目標に沿ったタレント戦略を策定し、組織全体で共有することが求められます。

短期、長期目標のバランス

人材管理では、短期的なニーズと将来のリーダーを育てる長期的な視点をバランスよく保つことが必要です。

例えば、目先の業務の効率を上げるために即戦力となる人材を採用しながらも、3〜5年先を見据えてリーダー候補の育成にも力を入れるなどもその一例です。

この場合、短期的には今の業務に即した研修を行い、必要なスキルを磨いてもらい、長期的にはリーダーシップやチームマネジメントを学ぶ機会を提供するのも良いでしょう。

このように、短期と長期の目標を明確にし、両方に適した計画を組み立てることで、即戦力の確保と将来の人材育成を両立することができます。

十分な育成機会の提供

従業員の成長やエンゲージメント向上には、適切な育成機会を提供することが不可欠です。しかし、特にリソースが限られる中小企業では、こうした育成プログラムの提供が難しいケースもあります。

限られた資源を最大限に活用し、効果的な育成プログラムをどのように実施するかが課題となります。

技術革新への対応

テクノロジーの急速な進化に伴い、新しいツールやシステムをタレントマネジメントや育成プロセスに取り入れる必要性が高まっています。これにより、効率的な人材管理や育成が可能となり、企業の競争力維持に繋がりますが、その導入や適応には多くの困難が伴います。

技術をうまく活用することで、タレントマネジメントの効果を最大化する方法を模索することが重要です。

効果測定

タレントマネジメントの施策が実際にどれほどの効果をもたらしているかを測定することも重要な課題です。多くの企業では、効果を正確に評価できる指標を設定することが難しく、施策の改善点が見えにくくなっています。

効果的な指標を開発し、施策のインパクトを把握することで、タレントマネジメントの改善と組織の成長に繋げることが期待されています。

参考:

Talent Management Institute“Talent Management’s Most Rigorous Standards & Credentials Ever.”

タレントマネジメントを効果的に実施するためには?

タレントマネジメントを成功させるためには、組織全体での連携と明確な戦略に基づく取り組みが必要です。ここでは、4つのポイントとその実践方法を紹介します。

役割と責任を組織全体で明確にする

タレントマネジメントは人事部門が中心ですが、成功にはリーダーや各部門が一体となって取り組むことが大切です。リーダーが率先して「チームの成長に必要なスキルは何か」を考え、部門ごとに人材育成の意識を共有します。

例えば、中小企業では、人事や各部署のマネージャーが社員一人ひとりと面談し、「これからのキャリアを一緒に考えていきましょう」と目標を確認し、サポートを約束することが効果的です。

大企業では、タレントマネジメントの責任者が全社の戦略と人材育成を関連づける研修を開催し、社員が「自分の成長が会社の成長につながる」と実感できる機会を設けることがポイントです。

参考:

Rasmussen University“What Is Talent Management and Why Is It So Important?”

組織目標と人材育成の一貫性を保つ

タレントマネジメントを成功させるには、組織全体の目標と人材育成を一致させることが不可欠です。

新しい事業に挑む場合は「このプロジェクトには〇〇のスキルが必要です」と目標を具体化し、チームで育成目標を共有すると、社員のやる気も高まります。

リーダーは具体的なスキルや役割を示し「このスキルが〇〇事業の成功にどうつながるか」を社員に伝え、毎月のミーティングで進捗を確認するなど、成長と貢献がつながる体制を整えることが効果的です。

企業文化と一貫性のあるマネジメント

タレントマネジメントの取り組みは、企業文化と一致していることで初めて効果が発揮されます。例えば「挑戦する風土」を大切にする企業であれば、リーダーは「新しいアイデアにぜひ挑戦してみよう」と社員に声をかけ、評価にも挑戦を組み込むことが有効です。

さらに、価値観を示すポスターを共有スペースに掲示したり、会議で社員が挑戦した事例を紹介するなど、全社員が企業文化を意識する機会を増やすと一体感が強まります。定期的な声かけやサポートで、社員が企業文化に沿った目標を持てるよう働きかけることが重要です。

自社に合った独自のアプローチを採用する

他社の成功事例をそのまま取り入れるのではなく、自社の戦略目標や文化に合わせた方法を構築することがタレントマネジメントでは重要です。例えば、研修プログラムも自社のニーズに合わせてカスタマイズする必要があります。

具体的には、社員に定期的にフィードバックを求め「どんなスキルを学びたいか」「どのようなサポートが必要か」を聞き、それをもとに育成プログラムを設計するなどが良いでしょう。

参考:

Talent management: a systematic review and future prospects

まとめ

タレントマネジメントは、組織の未来を支えるための重要な戦略です。特に多様性や創造性が求められる今、従来の枠にとらわれない評価基準や育成方法が企業の競争力に直結します。

社員一人ひとりの個性を尊重し、成長を支援することで、組織全体がより柔軟に発展していくでしょう。人材と企業の未来を一緒に育むタレントマネジメントに、ぜひ前向きに挑戦してみてください。