データを活用して人事戦略を支える手法として、「ピープルアナリティクス」が注目されているのをご存じでしょうか。従業員の働き方や組織課題を可視化し、効率的な改善策を導き出すことで、ビジネスの成長をサポートします。
ただし、導入にはデータの偏りやプライバシー保護など、注意すべき点も少なくありません。
本記事では、ピープルアナリティクスの基本から導入時のステップ、失敗を避けるポイントまでを詳しく解説します。データ活用を考える方はぜひ参考にしてください。
ピープルアナリティクスとは?
ピープル・アナリティクスとは、人事に関するデータを収集・分析して、戦略的な意思決定を支える手法を指します。この手法を使えば、従業員の働き方を可視化し、無駄な時間やコストを削減しながら、組織の成果を最大化できます。
単なる直感や経験則ではなく、客観的なデータをもとにした分析が加わることで、これまで見えなかった課題の解決や新たなチャンスの発見につながります。
ピープル・アナリティクスを早期に取り入れることで、未来を予測し、競争力を高めることができるでしょう。
人材データを活用することで、人事管理の質が向上し、ビジネス戦略の実行力を高める強力なツールになるという点で、これは企業経営の新しい重要な要素といえます。
現代のビジネスにおいては、人材の力こそが成功の鍵を握っており、ピープル・アナリティクスの活用は競争で一歩先を行くために欠かせないものとなっています。
参考:
Esade“People analytics: Expanding the impact of talent with better decision-making”
ピープルアナリティクスで見るべき指標は?
ピープルアナリティクスでは、従業員の働き方や成果を数字で見える化して、より良い職場づくりや経営戦略に役立てることができます。
以下では、ジェフリー・T・ ポルツァー氏の研究をもとに、分析に役立つ主な指標を目的別に解説します。
データを目的別に分類することで、例えば「離職率を下げるためにはどの指標を見ればよいか」といった具体的な改善策が見つけやすくなります。
仕事の成果を測るためのデータ
仕事の結果や作業効率を把握し、業務の改善ポイントを見つけます。
成果指標:売上や目標達成率など、業務の結果を数字で確認します。
例)営業チームが今月どれくらいの売上を上げたかを調べる。
作業効率データ:仕事にかかる時間やタスクの進捗状況を見て、効率アップのヒントを探します。
例)会議が長すぎて他の仕事が進まない場合、会議時間を短縮する方法を考える。
日々の働き方を分析するデータ
普段の行動パターンを数字で捉え、効率的な働き方を設計します。
デジタル上の活動データ:メール送信やチャットの利用頻度、会議時間などの行動データ。
例) 頻繁にメールを送る社員が会議参加の割合も高い場合、コミュニケーション過多が作業効率を妨げていないか検討する。
仕事の進め方ログ:使用しているツールやタスクの実行履歴を分析。
例)「あるソフトを使うのに時間がかかっている」という問題を見つけて解決する。
チームの連携をチェックするデータ
組織内のコミュニケーションの状態を把握し、チームワークを改善します。
つながりデータ:誰が誰とよく連絡を取っているかをネットワーク図で可視化。
例)新人が孤立していないか、チーム全体で協力できているかを確認する。
会議データ:会議の頻度や長さ、参加者数を分析。
例)無駄な会議が多い場合、頻度を減らす提案をする。
従業員の満足度ややる気を測るデータ
職場環境や従業員のモチベーションを向上させるための材料を集めます。
アンケート結果:従業員満足度や働きがいについて調査したデータ。
例)「休憩時間を増やしてほしい」という声が多い場合に改善策を考える。
モチベーションデータ:仕事に対するやる気や意欲の状況を測定。
例)同じ仕事が続いてモチベーションが低い人に新しい仕事を割り振る。
採用やキャリアの進展を分析するデータ
人材採用の改善や社員のキャリア支援に役立てます。
採用データ:採用した人がその後活躍できているかを追跡。
例)活躍している人材の特徴を分析し、次回の採用基準に反映する。
昇進・異動データ:昇進が成功する条件や適切な異動のタイミングを分析。
例)リーダーに向いている人を早めに見つけて育成する。
健康や安全に関するデータ
従業員の健康を守り、安全な職場環境を作ります。
健康データ:ウェアラブルデバイスで測った運動量やストレスのレベル。
例)ストレスが多い人にリフレッシュの機会を提供する。
安全データ:労働災害の記録や職場環境の問題点をチェック。
例)怪我が起きやすいエリアを改善する。
離職を防ぐためのデータ
従業員が辞める理由やパターンを分析し、対策を講じます。
退職理由データ:辞めた社員の理由を調べ、問題を解消。
例)「残業が多い」という声を受け、労働時間を見直す。
離職予測データ:離職リスクの高い社員を特定して対応。
例)仕事量が多すぎる人にサポートを増やす。
参考:
Jeffrey T. Polzer“The rise of people analytics and the future of organizational research”
ピープルアナリティクスの導入時によくある失敗パターンとは?
ピープルアナリティクスは、人材に関するデータを分析して職場の改善や経営戦略に活かす強力なツールですが、導入の際に陥りやすい失敗パターンがあります。
以下では、MITスローン経営大学院の記事をもとに、具体的な失敗例とその背景を分かりやすく解説します。
特定のデータに偏って分析が不十分になる
データ収集が特定の領域に偏ると、分析結果が組織全体の実態を反映しなくなる恐れがあります。
例えば、業績評価や給与データだけを集めると、従業員のやる気や職場満足度といった重要な要素を見落としがちです。
その結果、離職率が高まる原因が「給与の問題」だと判断してしまい、実際には「仕事の内容が単調で成長を感じられない」という本当の原因に気づけない可能性があります。
こうした偏りを防ぐには、応募時の情報、給与、役割、業務の割り当て、業績評価履歴、エンゲージメント調査、キャリア目標など、幅広いデータを収集することが重要です。
これにより、組織全体を包括的に捉えた分析が可能になり、実態に基づいた適切な施策を講じることができます。
最初の仮説にとらわれて誤った結論を出す
データ分析では、初めに立てた仮説に固執すると、重要な要因を見逃したり、誤った結論に至ることがあります。例えば、「営業成績が良い従業員は勤続年数が長い」という仮説を検証する際、成績データと勤続年数の関連性だけを調べても十分ではありません。
実際には、営業成績の高さが「勤続年数」ではなく、「特定の地域や顧客層を担当していること」や「サポートチームの手厚い支援」といった別の要因による可能性があります。他の可能性を考慮せずに勤続年数だけに注目してしまうと、的外れな施策を導入するリスクが高まります。
このようなミスを防ぐには、仮説に加えて他の変数や要因も幅広く検討し、データを多角的に分析することが重要です。これにより、より正確で効果的な結論を導くことができます。
目的を明確にしないままデータを収集する
データを集める前に「何を解決したいのか」を明確にしなければ、収集や分析の方向性が定まらず、結果を施策に活かせない可能性があります。
例えば、「離職率を下げたい」という目的があれば、従業員の満足度調査や退職理由のデータ、勤続年数や評価履歴など、関連性の高いデータを集める必要があります。
一方で、生産性向上を目指す場合は、作業時間や業務効率に関するデータが重要になります。このように、目的に応じて適切なデータを選定することで、分析が具体的な改善策につながりやすくなります。
目的が曖昧なままでは、無駄なデータ収集に終始し、時間やリソースを浪費してしまいます。目標を明確にし、それに直結するデータを集めることが大切です。
導入した施策の効果を確認しない
施策を実行した後、その効果を測定しなければ、適切な改善につなげることはできません。
例えば、従業員紹介プログラム(リファラル採用)を導入した場合、「紹介で採用された人が他の方法より生産性が高いか」「勤務期間が長いか」といった指標を確認するなどが重要です。
目標に沿った明確な指標を設定し、定期的に検証することで、施策がどの程度効果を発揮しているかを把握できます。こうした検証を繰り返すことで、施策を改善しながら目標達成に近づけることが可能になります。
参考:
MIT Sloan School of Management“People analytics, explained”
ピープルアナリティクスの導入方法と留意点
ピープルアナリティクスを成功させるためには、いくつかの重要な手順と配慮すべきポイントがあります。以下では、ジェフリー・T・ ポルツァー氏の研究をもとに、その具体的な方法を解説します。
解決したい課題をはっきりさせる
ピープルアナリティクスを導入する際、最初に「何を解決したいのか」を具体的に定めることが重要です。
例えば、離職率を下げたいのか、採用の効率を上げたいのかといった組織課題を特定します。これにより、必要なデータや分析の方向性がはっきりします。
データ収集は目的に応じて整理して行う
ピープルアナリティクスを進めるには、まず従業員に関するデータを集め、それを分析に使いやすい形に整えることが必要です。
例えば、業績や仕事の進め方を示す「パフォーマンス指標」、職場でのコミュニケーションの流れを把握する「ネットワーク活動」、従業員の意識や職場満足度を測る「アンケート結果」などが含まれます。
これらのデータがバラバラだと分析が進まないため、収集後は早い段階で整理・統一し、活用できる状態にすることが重要です。
アルゴリズムやAIを活用して効率的に分析する
収集したデータを活用するため、アルゴリズムやAIツールを導入して予測モデルを構築します。
これにより、データから具体的な課題や改善点を見つけ出し、意思決定を支援することができます。例えば、離職率の予測や高パフォーマンス従業員の特定などが可能になります。
関係者の信頼を得るために透明性を確保する
ピープルアナリティクスを成功させるには、従業員やマネージャーを含む関係者からの信頼を得ることが欠かせません。分析プロセスの透明性を確保し、データの利用意図を丁寧に説明することで、関係者全体の信頼と協力を得ることができます。
例えば、「退職リスクの予測モデル」を導入する場合、「どのようなデータを基にリスクを判断しているのか」「その結果をどう活用するのか」を明確に説明する必要があります。
アルゴリズムの意図や仕組みを隠してしまうと、従業員が「評価が公平でないのでは」と感じ、不安や抵抗感を生む原因になります。
また、データの使用目的を具体的に示すことも重要です。例えば、「従業員が長く安心して働ける環境を作るために使う」と明言すれば、従業員に安心感を与え、納得を得やすくなります。
最初は小規模な運用から始めてフィードバックを得る
ピープルアナリティクスを全社的に導入する前に、まずは特定の部門や小さなグループで試験的に運用してみることが重要です。
例えば、「退職リスクの高い従業員を特定するモデル」を作成した場合、まずは人員の少ない部署で試行運用を行い、モデルの精度や改善点を確認します。
この際、「リスクが高いとされた従業員に実際にどのような対応をしたのか」「その対応によって状況は改善したのか」といったフィードバックを収集します。
こうした段階的な試行を通じて得られた課題を解決しながら、最終的に全社での本格導入を進めることが成功のカギとなります。
プライバシーを守り、データを適切に扱う
ピープルアナリティクスを進める上で、従業員のプライバシーを守ることは最優先事項です。
例えば、従業員の業務ログやアンケート結果を扱う場合、そのデータが「何のために使われるのか」「誰がアクセスできるのか」を明確にしなければなりません。不適切な利用や目的外使用があると、従業員の信頼を損なうだけでなく、組織全体のイメージにも影響を与える可能性があります。
また、分析には必要最低限のデータだけを使用し、特定の個人が特定されない形で集計・活用することが重要です。
例えば、「退職リスクを予測する」といった目的のためにデータを利用する場合でも、個々の従業員の詳細な行動履歴を過剰に収集する必要はありません。
データ保護の基準を明確に定め、従業員に利用方針を説明することで、信頼を維持しながら分析を進めることができます。
導入における留意点
ピープルアナリティクスを導入するためには、データ分析を活用する文化を組織全体に根付かせることが欠かせません。
ただ一度分析を行うだけで満足するのではなく、結果をもとに職場の仕組みを見直したり、新しいデータを集めたりして、継続的に改善を重ねることが大切です。
さらに、ピープルアナリティクスの目的は単なる数字の分析ではなく、従業員がより働きやすく、満足度の高い環境を作ることにあります。
そのため、分析を行う際には「どうすれば従業員にとってプラスになるのか」を意識し、データが人間中心のアプローチをサポートする手段であることを忘れないようにしましょう。
参考:
Jeffrey T. Polzer“The rise of people analytics and the future of organizational research”
まとめ
ピープルアナリティクスは、データを活用して人事の課題を解決し、組織の成長を促進する強力な手法です。
しかし、導入にはデータの偏りやプライバシー保護への配慮が欠かせません。また、分析を通じて得られた結果を、従業員の働きやすい環境づくりやビジネス戦略にどのように活かすかが成功のカギとなります。
組織の未来をより良くする第一歩として、ぜひ取り組んでみてください。