「従業員が不満を抱えない人事評価制度の作り方を知りたい」
「人事評価制度の運用に成功した事例を教えてほしい」
このような要望をもつ管理職も多いでしょう。「会社や上司から正当な評価が得られていない」と従業員が感じると、彼らのモチベーションの低下につながる恐れもあるため、人事評価制度は適切に運用することが重要です。
本記事では、従業員の育成に効果的な人事評価制度の作り方や、制度を作るうえで参考になる成功事例などを紹介します。人事評価制度を効果的に運用し、優れた人材の育成に役立てたい方は、ぜひ参考にしてください。
人事評価制度が従業員の育成に重要な理由
従業員を効果的に育成するために、人事評価制度が重要な理由を解説します。
従業員と密なコミュニケーションが取れる
人事評価制度を通じて、従業員に目標を共有したりフィードバックを行ったりすることで、密なコミュニケーションが取れる可能性が高いです。
組織の生産性を向上させるために、上司と部下の間の円滑なコミュニケーションが重要なのはいうまでもありません。上司が部下の業務の進捗や問題点を把握でき、適切なアドバイスがしやすいからです。また、指示の誤解によって無駄な作業が発生するリスクも抑えられるでしょう。
一方で、米国人材マネジメント協会(SHRM)によると、従業員10万人規模の企業では社員同士のコミュニケーション不足が原因で、年間平均6,240万ドルの損失が発生しているとされています。さらに、従業員100人規模の会社でさえ、コミュニケーション不足による損失は年間平均42万ドルに達するといいます。
現状部下と満足に意志疎通できていない場合でも、人事評価制度をうまく活用すればコミュニケーション不足が解消され、上記のような損失を防げるかもしれません。
適切な育成計画を立てやすい
人事評価制度では、従業員に対する評価の基準となる「目標」を設定するのが一般的とされています。明確な目標が定まれば、それを達成するための適切な育成計画も立てやすくなるでしょう。
従業員の育成計画を作成する大きなメリットとして、「無駄なく効率的に育成できる」点が挙げられます。人手や時間、予算などのリソースが限られた中で、部下をどのように指導・教育するかを事前に決められるからです。
たとえば、「ワード・エクセルの基本操作を習得する」という目標を設定したと仮定しましょう。この場合、目標を最短で達成するためには、「研修を受講する」「OJTで使い方を教わる」などの教育方法が有効と考えられます。
部下の育成計画の立て方について、詳細を知りたい方は以下の記事を参考にしてください。
従業員の責任感が強まる
人事評価制度を適切に運用することで、従業員の責任感を強める効果が期待できます。「自分の貢献度を会社がきちんと見ている」ことが理解でき、より高く評価してもらえるよう努力する可能性が高いからです。
例として、営業職の人事評価において、「チームワークを発揮すること」が重視されていると仮定します。このとき、従業員は「チームとして売上を上げるために、自分は何をすべきか」を考え、行動するようになるでしょう。
もし人事評価制度がなければ、従業員は評価基準がわからないため、望ましくない行動(例:個人プレーに走る)を取る恐れがあります。
強みや改善点を共有できる
適切に運用されている人事評価制度では、従業員の評価基準が明確に設定されています。その基準をもとに評価を行うことで、従業員の強みや改善すべき点が共有しやすくなります。
たとえば、「新規顧客の契約を月10件以上獲得する」という目標をクリアできていれば、その社員はコミュニケーション力やプレゼンテーション力に優れているといえるでしょう。逆に、「既存顧客の売上を10%アップする」という基準に満たなければ、フォローアップ力にやや課題があるかもしれません。
このように従業員の強みや改善点がわかれば、チームの業績を上げるために「長所を伸ばす」べきか「短所を克服する」べきか、状況に応じてより最適な育成方針を選択できます。
成績優秀者を称えられる
優秀な成績を収めた社員を称えやすい点も、人事評価制度の大きなメリットの1つといえます。明確な基準をもとに評価を行うことで、従業員の優劣もはっきりするからです。
採用活動支援やHRテック事業を営む株式会社Take Actionの調査によると、「あなたは仕事上で承認欲求が満たされることで、仕事に対するモチベーションが上がりますか?」との問いに、72%が「上がる」と回答しています。また、「あなたは誰から承認されることが最も嬉しいと感じますか?」との問いには、32.8%が「上司」と回答しています。
上記の結果から、人事評価で上司が部下の仕事ぶりを正当に評価することで、彼らのモチベーションは高まり、成長スピードもさらに促進されると期待できます。逆に、適切な評価が受けられなかった社員は「頑張っても頑張らなくても同じ」だと考え、モチベーションや生産性が低下してしまうかもしれません。
将来のリーダー候補を選定できる
人事評価によって従業員の能力を正当に評価できれば、将来のリーダー候補を適切に選定しやすくなるでしょう。
管理職に適した人材が不足しており、悩む企業は多いといわれています。HR総研が実施した調査でも、人材育成上の課題について、74%の企業が「管理職の能力向上」と回答しています。
もし、人事評価で将来の管理職候補を選定できれば、その社員に早期から必要な指導・教育を施すことで、優れたリーダーを効率的に育成できる可能性が高いです。
参考:
SHRM “The Cost of Poor Communications: The Business Rationale for Building this Critical Competency”
PR TIMES「7割以上のビジネスパーソンが、承認欲求が満たされることで、仕事に対するモチベーションがアップ!!テイクアクション調べ【ビジネスパーソンの承認欲求に対する意識調査PART2】」
HRプロ「「人事支援サービス【人材育成】に関するアンケート調査」結果報告」
人事評価制度に不満を抱える従業員は多い
ここまで述べたように、人事評価制度は従業員を効果的に育成するために必要不可欠なものです。しかし、人事評価制度が適切に運用されておらず、不満を抱える従業員は多いといわれています。
Job総研が実施した「2023年人事評価の実態調査」によると、「会社からの評価に不満を感じたことはありますか」との問いに、75.2%が「感じている」と回答しています。また、「評価によってモチベーションが低下した経験があるか」を尋ねたところ、78.7%が「経験がある」と回答しています。以下は、モチベーションが下がった原因として、主に挙げられた回答をまとめたものです。
モチベーションが下がった原因 | 回答割合 |
---|---|
成果と報酬が見合っていなかったから | 51.3% |
評価の基準が不透明だったから | 45.6% |
上司が自分をちゃんと見てくれていないと思ったから | 38.5% |
従業員のモチベーション低下を防ぐためにも、本記事では人事評価制度を適切に運用するためのポイントについて解説します。
参考:
HRプロ「4割以上が自社の人事評価に不満。「評価基準の不明確さ」や、「リモートワークへの不適応」が要因か」
PR TIMES「Job総研による『2023年人事評価の実態調査』を実施 8割が評価に不満 成果と報酬の不均衡で賃金上がらず」
効果的な人事評価制度の作り方
従業員の育成に効果的な人事評価制度の作り方について解説します。
業務に必要な職業能力を整理する
人事評価制度を運用するにあたって、まずは従業員が業務を遂行するのに必要な職業能力を整理することが重要です。必要な職業能力がわかれば、各社員の目指すべき方向性や評価基準も明確になるからです。
厚生労働省では、必要な職業能力を整理する手法の1つとして、「職務要件書」の作成を推奨しています。職務要件書とは、従業員の職種や階級別に、以下のような情報をまとめたものです。
- 日々の業務内容
- 責任の範囲
- 業務の範囲
- 必要な職務能力
▼(例)技術系職種の職務要件書
階級 | 業務遂行・責任レベル | 必要な能力 |
---|---|---|
レベル3(上級・指導職) | ・高度な技術と知識により業務を改善する ・技術的に高度な判断を伴う業務を担当・遂行する ・下位等級者に仕事を指導し、業務の質の向上を図る | ①高度な技術や知識を必要とする業務に対処できる ②部署の業務の技術的なクレームを解決することができる③継続的に行われる業務の改善・効率化を図ることができる ④新たな業務の技術的対応ができる |
レベル2(中級職) | ・定型業務は自身で工数や質を管理し、責任を持って遂行する ・新しい業務にも意欲的に取り組み、指導を活かしながら確実に遂行する | ①製品や技術に関する基礎知識を備え、定型業務は単独で完遂できる ②主体的に業務に取り組み、必要に応じて自らタスクを見つけて実行できる ③定型業務を熟知しており、計画から実行、判断まで、迅速かつ正確に遂行できる ④定型業務の改善提案を積極的に行い、業務効率や品質を向上できる |
レベル1(初級職) | ・必要な基礎知識を備え、担当業務を責任を持って完遂する ・指導の下、定型業務を確実にこなすことができる | ①業務プロセスやその背景を正しく理解し、覚えることができる②社内ルールや業務に関する知識を理解し、適切に行動できる③わからないことは、自分から聞き理解できる |
従業員と共同で目標を定める
業務遂行に必要な職業能力が整理できたら、各従業員にどのような人材に育ってほしいか、具体的な目標を設定しましょう。目標が定まることで評価基準も明確になり、従業員が人事評価制度に不満を抱えるリスクも抑えられるからです。
そして、目標は会社や上司が一方的に決めるのではなく、被評価者本人と共同で設定することが重要です。南カリフォルニア大学の研究結果でも、従業員と共同で目標を決めることで、人事評価制度がうまく機能し、人事部門全体がよい成果を上げる可能性が高くなるとされています。
なお、目標は適当に設定してしまうと、評価基準も不明瞭となってしまい好ましくありません。カリフォルニア大学によると、目標は「SMARTの法則」に従い作成するのが効果的といいます。SMARTの法則では、以下の5つの要素を含む目標を設定することが求められています。
- Specific(具体的な)
- Measurable(測定可能な)
- Achievable(実現可能な)
- Relevant(関連性がある)
- Time-Bound(期限がある)
▼(例)SMART目標
Aラインにおける製品Xの作業手順を見直し、3ヶ月以内に不良品発生率を5%から3%に削減する |
従業員の目標設定の方法について、より詳細を知りたい方は以下の記事を参考にしてください。
プロセスも評価する
人事評価制度では、結果だけでなくプロセス面も評価対象に含めることが大切です。
まず前提として、会社は利益を求める存在であり、結果が最も重要なのはいうまでもありません。メディア運営やHR事業を営むべースメントアップス株式会社が実施した調査でも、「あなたの会社では結果とプロセスどちらを優先して評価しますか?」との問いに、65%が「結果」と回答しています。
しかし、従業員の仕事に対する取り組みや努力を一切無視し、結果だけを評価すると、一部の社員は不満を募らせてしまうかもしれません。その理由の1つとして、仕事の成果の出やすさは人によって異なり、結果だけを見て従業員を公平・公正に評価することは難しい点が挙げられます。たとえば、同じ営業部の社員でも、担当する取引先によって契約の取りやすさは異なるため、獲得契約数や売上だけで優劣を判断するのは好ましくないでしょう。
以下は、先ほど紹介した株式会社Take Actionの調査結果の一部です。この結果を見ても、多くの従業員は結果が最も重要なのは理解しつつ、プロセス面を評価してほしいと考えていることがわかります。
▼Q. あなたが仕事上で最も承認して欲しいことは何ですか?
回答 | 割合 |
---|---|
成果 | 32.0% |
過程、役割 | 23.9% |
努力 | 15.8% |
以上のことから、人事評価制度では結果をメインの評価軸としつつ、プロセス面も評価対象に入れるとよいでしょう。
適切な評価方法を採用する
以下は、人事評価制度でよく用いられる評価手法の例です。
- 自己評価:自分の成果や能力について被評価者自身が評価を行う
- 多面評価(360度評価):上司だけでなく、同僚や部下など、さまざまな立場の関係者から評価を受ける
- パフォーマンス評価:持っている知識やスキルを、業務で適切に活用できているかを評価する
- 目標管理(MBO):上司と部下が共同で目標を設定し、その達成度に応じて評価を行う
- 行動評価:仕事の成果だけでなく、業務に取り組む姿勢や行動も評価する
従業員の職種や地位によって評価すべき点は異なるため、状況に応じて適切な手法を採用もしくは組み合わせることが重要です。
たとえば、管理職への人事評価では多面評価を採用し、上長だけでなく部下からの評価にも耳を傾けるべきでしょう。また、研究職のような人によって成果の出やすさが異なる職種の場合、パフォーマンス評価や行動評価を組み合わせることで、従業員の能力をより的確に評価できるかもしれません。
評価結果に応じて報酬を与える
人事評価で一定以上の評価が得られた従業員には、可能であれば昇給やインセンティブなどの報酬を付与しましょう。
先ほど紹介したJob総研の「2023年人事評価の実態調査」でも、人事評価でモチベーションが低下した原因として、51.3%が「成果と報酬が見合っていなかったから」と回答しています。人事評価でいくら高く評価されたとしても、報酬が伴っていなければ、「従業員を喜ばすためだけの見せかけの評価だ」「頑張っても頑張らなくても一緒だ」などと感じてしまうのかもしれません。
逆に、従業員の成果に応じて報酬を付与すれば、人事評価の結果が嘘偽りないことを証明でき、彼らのモチベーションを高める効果が期待できます。
相手の意見にも耳を傾ける
先ほども述べたように、人事評価の場を活用すれば、従業員と密なコミュニケーションが取りやすくなります。ただし、上司が一方的に言いたいことを述べるだけでは効果が薄いでしょう。
産業・組織心理学の学術雑誌であるJBPに掲載されている論文によると、リーダーが積極的に従業員の意見に耳を傾けると、従業員のモチベーションがアップし、燃え尽き症候群に陥る可能性が低くなるとされています。また、自分の意見が尊重されていると感じている従業員は、仕事のパフォーマンスが向上し、エンゲージメント(組織への愛着)が強くなる傾向にあるといいます。
以上のことから、人事評価制度では部下の意見にも耳を傾け、評価内容や今後の方向性について、双方が納得いくまで話し合うことが重要です。たとえば、部下が評価結果に不満を抱えているようであれば、まずはその理由を述べてもらいましょう。そして相手の言い分を聞いた上で、評価内容を変更するか、もしくは評価が妥当であることを説明するか、上司自身が判断するとよいでしょう。
参考:
USC Center for Effective Organizations “What Makes Performance Appraisals Effective?”
University of California “SMART Goals: A How to Guide”
PR TIMES「仕事で重要なのは「結果」それとも「プロセス」?社会人の65%が結果の方が重要と回答!仕事で評価されるためには、結果を出すことだけが求められるのであろうか?」
人事評価制度の作り方の参考となる事例
人事評価制度を運用するにあたって、参考となる事例を紹介します。
メルカリ
国内最大のフリマサービスを展開する株式会社メルカリでは、2021年に人事評価制度を大幅に刷新。従来の「設定された目標をどの程度達成できたか」を評価する方式から、「成果」と「行動」の2軸を評価する方式へと変更しました。
会社を成長させるためには、数値化された成果だけでなく、中長期的な視野で大きな方針を打ちだすことが重要です。しかし従来の評価方法だと、どうしても数値化しやすいパフォーマンスにばかり目がいってしまい、従業員の貢献度を公平・公正に評価しにくい点が課題となっていました。
そこで、同社では新たな評価軸として「行動評価」を加え、「バリューをどれだけ発揮できたか」という点も評価するようになりました。ここでいうバリューとは、「Go Bold(大胆にやろう)」「All for One(全ては成功のために)」「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」の3つの行動指針を指します。たとえば「Go Bold」であれば、「大胆なチャレンジができているか」「ありたい姿を明示・推進できているか」などが評価されます。
新たな人事評価制度を導入したことで、同社では目先の数字を追い、バリューを疎かにするような社員は評価されなくなったといいます。逆に、成果が出ていなくても中長期を見据えたチャレンジができている従業員は、高い評価を受けるようになったそうです。
フレスタ
中国地方を中心にスーパーマーケットチェーンを展開する株式会社フレスタでは、全従業員の約8割を占める「スマイル社員」(パートタイマー)の能力を最大限に発揮させるため、2005年から人事評価制度の改革を進めました。従来の年功序列型ではなく、能力に応じて時給が決まる賃金制度にすることで、従業員のモチベーションアップにつながると考えたのがきっかけです。
とはいえ、人事評価制度を一から作り直すと何年もかかってしまいます。そこで同社では、厚生労働省のホームページに掲載されている「職業能力評価シート」をたたき台とし、自社に合う形へとカスタマイズしていきました(例:初級~中級のスマイル社員は技術的なスキルを、上級社員はコミュニケーション力やマネジメント力を重視する、など)。
同社では人事評価制度を改革したことで、スマイル社員のスキルに応じた賃金設定が明確になり、彼らの納得感やモチベーションの向上につながったそうです。さらに、同僚や後輩、部下に「教えること」も評価項目として設けたことで、お互いに学び合い、スキルアップを目指す企業風土の醸成にも成功したといいます。
カルビー
大手製菓メーカーであるカルビー株式会社では、業績が頭打ちになっていた2009年に経営体制が刷新。それを契機に、成果主義にもとづく「Commitment & Accountability(C&A)」と呼ばれる評価制度を導入しました。
全従業員は一年に一度、期首に上司とC&A契約を締結します。C&Aは以下の4つの要素が求められており、中でも「測定可能な目標を設定すること」が最も重視されています。
- Fair:公平・公正な立場に立つこと
- Digital:客観的に測定可能な目標設定を行うこと
- Simple:分かりやすい内容であること
- Contractual:上司と部下でよく話し合い納得したうえでコミットすること
秋には中間レビュー、期末に最終レビューを行い100点満点で点数をつけ、上司と部下の双方が点数に納得すればサインをします。このC&Aの点数(100満点)によって、賞与の支給額が決まるという仕組みです。上司と部下の話し合いは最低でも2時間以上、お互いが疑問をぶつけ合い納得するまで行うことが重要といいます。
このような人事評価制度の改革などが功を奏し、2009年には1%台だった同社の営業利益率は、たった5年で10%近くにまで成長したそうです。
参考:
Executive Foresight Online「ひとり、ひとりの働き方改革をとめない。【前編】経営戦略の実現と働き方改革は、コインの表裏」
まとめ
従業員の育成に効果的な人事評価制度の作り方や、制度を作るうえで参考になる成功事例などを紹介しました。
人事評価制度に不満を抱えている従業員は多いといわれています。「会社や上司から正当な評価が得られていない」と感じた従業員はモチベーションが低下し、生産性や定着率にも悪影響をおよぼす恐れがあるため注意が必要です。
本記事で紹介したポイントをふまえ、人事評価制度を適切に運用し、優れた人材の育成に役立ててください。