仕事をする中で、誰もが一度は怒りを覚えた経験があるはずです。
とくに管理職であれば、社内外のさまざまな関係者と関わる機会が多い分、ときには理不尽な状況に直面し、つい怒りが湧き上がることも多いでしょう。
そんなときに、怒りの感情に振り回されることなく、適切な対応を取れるようになるためにも、アンガーマネジメントの方法を習得することは重要です。
本記事では、アンガーマネジメントの必要性や効果的な方法について解説します。怒りをうまく味方につけ、よりよい人間関係と生産的な毎日を築きたい方は、ぜひ参考にしてください。
「怒り」とは

アンガーマネジメントについて説明する前に、まずは「怒り」という感情そのものについて理解を深めましょう。
J-STAGEに掲載されている論文によると、「怒り」は人間が自分自身を守るための防衛反応の一つであり、誰もが持っているごく自然な感情だとされています。
たとえば、人から何かを指摘された際に怒りを感じてしまうのは、自分が傷つくのを避けようとする防御反応だと考えられます。
怒りを「悪いもの」だと決めつけ、その感情に蓋をして抑え込もうとすると、かえって感情が爆発したり、心身が燃え尽きてしまったりする危険性があります。そのため、まずは怒りを感じている自分を素直に認めることが大切です。
また、怒りは「二次感情」と呼ばれ、その裏には「一次感情」という別の感情が隠れているといわれています。つまり、人の表面に現れる怒りは、必ずしも本当の感情ではないのです。
たとえば、職場で上司から業務上の注意を受けた部下が怒り出したとします。この場合、部下の怒りの裏には「後ろめたさ」という一次感情が隠れているかもしれません。
注意された内容について自分でも問題があると認識しているものの、それを指摘されたことで感じる気まずさや恥ずかしさ、さらにその状況から逃れたいという気持ちが、怒りとして表れている可能性があるのです。
自分の怒りの裏に隠れている一次感情に気づくことで、その怒りをより適切に表現できるようになります。また、相手の怒りの裏にある感情を推測できるようになれば、その相手への適切な対応方法が見えてくるでしょう。
職場でよくある「怒り」
産業能率大学が社会人男女を対象に行った調査の中で、「会社(職場)でどのようなときに『怒り』を覚えるか」との問いに対し、次のような意見が多く挙げられました。
- 顧客からの不合理な要求(24.3%)
- 無駄な対応や気遣い(21.0%)
- 上司からの理不尽な要求(20.0%)
- 会社の不合理な規則やシステム(18.1%)
- 給料額の不公平(16.2%)
- 仕事量の不公平(15.7%)
- 自分自身の能力、結果(15.2%)
上記の結果から、職場でよく見られる「怒り」は大きく以下の3種類に分けられます。
1. 人間関係に起因する怒り | 職場の人間関係における衝突やコミュニケーションのズレから生じる怒り。顧客や上司からの不合理・理不尽な要求、同僚との無駄なやり取りなどが該当する |
2. 職場環境に起因する怒り | 仕事の量や内容に対するフラストレーションが中心となる怒り。過剰な業務負荷、仕事量の不公平、会社の不合理な規則やシステムなどが怒りを引き起こす要因となる |
3. 自分自身に起因する怒り | 自己の成長や成果に対する期待と現実のギャップから生じる怒り。自分自身の能力への不満や、目標達成の失敗などが主な背景となる |
参考:
J-STAGE「怒りに支配されない自分をつくるアンガーマネジメント」
アンガーマネジメントは「怒り」をコントロールする術

アンガーマネジメントとは、「アンガー(怒り)」という感情を適切に「マネジメント(管理)」するための技術やトレーニングを指します。
日常生活の中で、ついカッとなった勢いで怒鳴ってしまったり、「ああ言えばよかった」と後悔したりすることが誰にでもあるはずです。
アンガーマネジメントは、こうした怒りによる後悔をなくすことを目指します。
誤解されがちですが、「アンガーマネジメント=怒らなくなる」ではありません。
むしろ、不要な怒りに振り回されず、そして本当に怒るべきときには適切に怒りを表現できるようになること、つまり、自分の感情と上手に付き合えるようになることが目標なのです。
日本では近年、アンガーマネジメントが以下のような領域で幅広く活用されるようになっています。
- 育児や教育の現場:子どもへの接し方や叱り方
- 企業:ハラスメントの防止や人材育成における指導方法
- 医療・福祉・介護領域:患者への虐待や職員の離職防止、ストレスの対処方法
管理職は社内外の様々な人と関わる機会が多い分、ときには理不尽な目に遭うこともあり、つい怒りの感情が湧き上がることが多いでしょう。
そんなときに、怒りの感情に振り回されることなく、適切な対応をとれるようになるためにも、アンガーマネジメントの方法を習得することは重要といえます。
アンガーマネジメントの方法がわからない人は多い

先ほど紹介した産業能率大学の調査の中で、「(職場での)怒りへの対処法」について尋ねたところ、「はけ口もなくストレスがたまる(17.6%)」「黙って我慢するしかない(15.2%)」といった意見が多く挙げられています。
この結果から、アンガーマネジメントの方法を知らない人が多いことが見て取れます。
怒りは人間が持つ自然な感情であり、それを無理に抑え込むことは、心身に様々な悪影響を及ぼす恐れがあります。
スウェーデンの大学が行った研究では、職場で不当な扱いを受けても怒りを公に表さなかった従業員は、そうでない人と比べて心臓発作のリスクが2倍になったという結果も出ているほどです。
これは、怒りを無理に抑え込んだことで、怒りの状態が長く続き、血圧の度重なる上昇が最終的に心血管系にダメージを与えたからだと考えられています。
また、怒りの抑え込みは他にも、健康状態に以下のような悪影響を及ぼすともいわれています。
- 免疫力の低下:感染症にかかりやすくなる
- 傷の治りの遅延:ストレスホルモンが影響し、傷の治りが遅くなる
- 肺機能の悪化:呼吸器系の問題につながる
- 精神的苦痛:後悔や人間関係の悪化を招く
以上のことから、アンガーマネジメントを習得し、怒りの感情と適切に向き合い、管理することが、心身の健康を保つためには重要だといえます。
参考:
アンガーマネジメントが必要なタイプ

くり返し述べているように、「怒り」という感情自体は人間誰しもが持つものであり、決して悪いものではありません。
しかし、人によっては怒りの表現方法が不適切なばかりに、人間関係を壊したり、自分自身を苦しめたりすることがあります。
ここでは、J-STAGEの論文の情報をもとに、アンガーマネジメントが必要となる人を4タイプに分けて紹介します。
【タイプ1】怒りの強度が高い
どんな人? | 一度怒り出すと非常に激しく、相手が謝っても収まらず、誰も止められないような人。物事を「白か黒か」「0か100か」という両極端な考え方で判断し、自分の怒りを正当化しようとする傾向がある |
周りへの影響 | 周りの人は怖がってしまい、報告や相談をためらうようになる |
改善のポイント | 怒りを感じた時、その出来事を「白か黒かだけでなく、中間のグレーもある」「0と100の間には50や60もある」と意識する。つまり、もっと柔軟な見方をする |
【タイプ2】怒りの頻度が高い
どんな人? | 朝から晩までずっと怒っていて、不満や愚痴が止まらない人。他の人が気にしないようなことでもイライラしている |
周りへの影響 | 職場の雰囲気が悪くなり、仕事の効率も下がる。「いつも文句ばかり」と見られてしまうと、本当に重要な場面で真剣に取り合ってもらえなくなる可能性がある |
改善のポイント | 「怒ること」と「怒らないこと」を区別する練習をする。時には小さなことには目をつぶり、受け流すことも必要 |
【タイプ3】怒りが長く続く
どんな人? | 一つの出来事をいつまでも怒り続けたり、過去の出来事を思い出しては根に持ったりする人。「思い出すたびに腹が立つ」「仕返ししてやろう」などと考え続ける傾向がある |
周りへの影響 | 貴重な時間を無駄に浪費しているようなもの |
改善のポイント | 気持ちの切り替えを意識し、気分転換になるような方法をいくつか持っておく |
【タイプ4】怒りを攻撃として表す
どんな人? | 怒りに任せて、相手や自分、物を攻撃する人。直接暴力を振るわなくても、相手が傷つくとわかっていて嫌味を言うのも攻撃に含まれる。また、自分を責めたり、物を乱暴に扱ったり壊したりする人もこのタイプ |
周りへの影響 | 暴力は虐待やハラスメントにつながる。嫌味なども人間関係を壊す。自分を責めることで自分自身を苦しめる |
改善のポイント | 怒りを攻撃として表すのではなく、言葉で自分の感情を伝えることを心がけること。そのために、日頃から感情を表現するための語彙力(言葉の引き出し)を養っておく |
アンガーマネジメントの効果的な方法

仕事上で怒りを覚える機会がとくに多い管理職は、アンガーマネジメントのやり方をマスターすることが重要です。
ここでは、ハーバード・ビジネス・レビューの記事(以下、同記事)の情報をもとに、効果的なアンガーマネジメントの方法を解説します。
怒りを認識する
理不尽な目に遭ったり、傷つけられたりした際に怒りを感じるのはごく自然なことです。この感情を無理に抑え込む必要はありません。
大切なのは、湧き上がった感情をすぐに相手にぶつけるのではなく、まず「自分は今、怒っているんだ」と正直に認めることです。
米国で行われた研究では、正当な理由がある怒りは、むしろ健康的な反応であることが示されています。
怒りには「自分にはこの状況を変える力がある」という自己効力感が伴うことがあり、これがストレスによる悪影響(高血圧など)を軽減するためです。
たとえば、上司から「最近売上が全然上がっていないじゃないか」と叱責されて、腹が立ったとします。このとき、「上司を見返したい」という気持ちから改善策を考え、実行に移せば、結果的にチームの売上アップにつながるでしょう。
このように、怒りを抑え込まずにきちんと認識することで、その怒りが行動力を生み出し、状況をよい方向へ変える原動力となるケースもあるのです。
過度な発散は避ける
すでに説明している通り、怒りの感情は無理に抑え込むべきではありません。しかし、サンドバッグを殴ったり、物を壊したりといった過度な「ストレス発散」は、かえって怒りをエスカレートさせてしまう恐れがあります。
米国で実施された研究によれば、怒りを感じた際に何もしないよりも、無理に発散する方がかえって怒りを長続きさせるケースもあるとのことです。
また、人によっては怒りの感情を愚痴として他者に発散することもあるでしょう。
しかし、不平不満ばかり言い続けると、自分だけでなく、聞いている相手の気分まで悪くさせてしまうことも研究結果で示されています。
大切なのは、怒りの感情の背景にある原因を見極め、冷静に対処することです。
物に当たったり、愚痴を言い続けたりするくらいなら、趣味や自己研鑽など、別のことにエネルギーを向ける方が、はるかによい結果につながるでしょう。
背後にある感情を見極める
先ほども述べたように、怒りは「二次感情」と呼ばれ、その背後には別の感情や、満たされていない欲求が隠れていることがよくあります。
自分の怒りの引き金となった、根底にある「恐怖」や「無力感」などの感情に目を向けることで、状況をより客観的に見つめられるようになるでしょう。
同記事では、怒りの背後にある真の感情を知るために、以下のような質問を自分自身に問いかけることを推奨しています。
- 何が怒りの引き金になったのか?
- この怒りの根底には、どんな感情があるのか?
- 今、自分が落ち着くためには何が必要か?
- 長期的にはどんな結果になれば気分がよくなるか?
- その結果に向けて、どんな行動をとればいいのか?
多くの場合、怒りの背後には「大切なものを失うことへの恐怖」や「何もできないことへの恐怖」が隠れているといいます。
怒りの感情に振り回されるのではなく、その裏にあるメッセージを読み解くことで、より建設的な解決策を見つけ出すことができるはずです。
自分の感情を伝える
怒りを感じたときは、まずは落ち着く時間を取りましょう。
心拍数が上がったり、拳を握り締めたりしていると感じたら、何もせずに数分間待つのがおすすめです。「怒りを10段階で評価し、3〜4程度まで落ち着いてから行動に移す」という方法も有効かもしれません。
そのうえで、怒りの原因が他者にある場合は、相手の行動が自分にどう影響したかを、本人に対して具体的に伝えることが重要です。
その際、「あなたが〇〇すると、私は〇〇と感じる」といったように、感情的にならずに自分の気持ちを伝えるのがよいとされています。
たとえば、上司から日常的に怒鳴られることに腹が立っている場合は、
「あなたが今、怒っていることはわかりますが、そんなに怒鳴られるとこちらも萎縮してしまい、余計にパフォーマンスが下がってしまいます」
といった具合に伝えるとよいでしょう。
怒りの原因から距離を置く
怒りの原因が、自分ではどうすることもできないことであったり、相手に直接伝えるのが難しい状況だったりすることもあるでしょう。
このような場合には、怒りの原因から意図的に距離を取ることが重要です。
たとえば、自分に対して反抗的で、高圧的な言動をくり返す部下がいたとします。
この場合、いくら注意しても聞く耳を持たないようであれば、その部下の対応は上司に任せるなどして接する機会を意図的に減らし、他の部下の指導や教育にエネルギーを注ぐとよいでしょう。
状況に応じて怒りの原因から適切に距離を取ることで、不必要なストレスから自分自身を守り、本当に力を注ぐべきことに集中できるようになるはずです。
怒りのエネルギーを活用する
「怒り」という感情はうまく活用することで、さまざまなポジティブな効果をもたらす「スーパーパワー」にもなり得ます。
米国で行われた研究によると、怒りを感じている人は、「自分はどんな状況でも勝てる」と信じる傾向があるとされています。
実際に、米海軍特殊部隊SEALsの訓練では、怒りから生じる激しい感情やアドレナリンを、危険な状況に直面した際のエネルギーに変えるよう教えているといいます。
SEALsと同じように、管理職も怒りを単なる不快な感情として捉えるのではなく、現状を変えるための強力な原動力として活用することで、個人としても組織としても大きな成長へとつなげられるはずです。
たとえば、社内の業務プロセスの一部が非効率的で、それによって業務が滞っていることにいら立ちを感じているとします。
この怒りをきっかけに、既存のプロセスを見直し、新しいシステムや方法を提案できれば、最終的にはチームの稼働率や仕事の質を向上させることができるでしょう。
参考:
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「職場でアンガーマネジメントを実践する6つのステップ」
まとめ
アンガーマネジメントの必要性や効果的な方法について解説しました。
管理職は社内外のさまざまな関係者と関わる機会が多い分、ときには理不尽な状況に直面し、つい怒りの感情が湧き上がることがあるでしょう。
そんなときに、怒りの感情に振り回されることなく、適切な対応を取れるようになるためにも、アンガーマネジメントの方法を習得することは重要です。
本記事の内容を実践することで、怒りをうまく味方につけ、よりよい人間関係と生産的な毎日を築くのに役立ててください。