エンゲージメントサーベイは「形骸化したイベント」として認識されている現実は少なくありません。
部下に回答を促し、集計されたスコアに一喜一憂し、そして結局、日々の業務に追われて具体的なアクションに繋がらないまま次のサーベイを迎える。この繰り返しは、サーベイそのものを「無駄な業務」と感じさせるのに十分です。
なぜエンゲージメントサーベイは無駄に感じるのか

バヅクリ株式会社が実施した調査では、エンゲージメントサーベイに回答した経験のある従業員の約70%が何らかの不満を感じているという結果が報告されています 。
このことから、エンゲージメントサーベイを実施しても、多くの従業員が不満を抱えている現状がうかがえます。
特にエンゲージメントサーベイを無駄と感じる人は少なくありません。
以下では、エンゲージメントサーベイを無駄と感じる原因について解説します。
フィードバックがない
サーベイ後に結果や改善策が共有されないことが、従業員に「無駄だ」と感じさせる大きな要因となっています。
先ほどのバヅクリ株式会社の調査によると、不満の内容で最も多かったのは「回答した結果が何に活かされているかわからない」で、60.6%にのぼりました。結果が経営層や人事部だけに留まり、現場の従業員に共有されなければ、対話の機会は失われ、単なる一方的な情報収集に終わってしまいます。
アクションの欠如
第二に「アクションの欠如」です。実際に、先ほど紹介した調査でも45%が「不満に対する解決策が実施されない」と答えており、サーベイ後に改善策が取られなければ、従業員は「回答するだけ損だ」と感じてしまいます。
次の一手を曖昧にしないために、現場で回る具体的な施策立案に落とし込みましょう。
参考:PR TIMES『社員の約70%がエンゲージメントサーベイに不満、施策なきサーベイはエンゲージメントを低下させる』
エンゲージメントサーベイ後の「アクション」が重要

重要なのはサーベイを実施すること自体ではなく、その結果に基づいて何らかの行動を起こすことです。
エンゲージメントサーベイを起点とした「アクション」が組織にとって良い結果を生むことは、データによって証明されています。
株式会社ミイダスが実施した調査によれば、エンゲージメントサーベイ実施後に具体的なアクションを起こした企業では、約76%が「社員の生産性が向上した」と実感しているのに対し、アクションを起こさなかった企業で同様の実感を得られたのは29%に留まりました。
さらに、業績への影響はより顕著です。アクションを起こした企業の約75%が「会社の業績が向上した」と回答しており、これはアクションを起こさなかった企業に比べて40ポイントも高い数値です。
この視点から見ると、サーベイは単なる「コスト」ではなく「投資」です。そして、その投資を無駄にしてしまう最大の理由は、結果を活かしたアクションを起こさないことにあります。
参考:
ミイダス株式会社『エンゲージメントサーベイ実施後にアクションを起こしている企業の約8割が「社員の生産性向上」を実感』
サーベイの設計と準備が重要

エンゲージメントサーベイを価値あるものに変えるためには、管理職がこの準備段階から関与し、主導することが不可欠です。
以下ではそのプロセスについて解説します。
目的設定と従業員への共有
経営層からのトップダウンのメッセージは、エンゲージメントサーベイの成功に欠かせません。従業員エンゲージメント(従業員の満足度・関与度)を計測・改善する SaaSプラットフォーム を提供する、エンゲージメント・マルチプライヤーの記事よると、まずはリーダーに対して、エンゲージメントサーベイの目的や期待される効果、そして自分たちの役割を明確に伝えることが重要とされています。
そのうえで、従業員には「なぜこのエンゲージメントサーベイを行うのか」「参加することでどのようなメリットがあるのか」を分かりやすく説明する必要があります。
この際、米国の組織コンサルティング企業Quantum Workplaceが提唱する「3x3x3コミュニケーションモデル」が参考になります。
これは、エンゲージメントサーベイの「開始前」「期間中」「終了後」にそれぞれ3回ずつ、計9回のコミュニケーションを行うという考え方です。
特に重要なのが開始前のコミュニケーションです。エンゲージメントサーベイの目的を伝えるだけでなく、「前回のサーベイで出た意見をもとに、〇〇という点を改善した」という具体的な実績を示すことができれば、従業員の信頼を劇的に高めることができます。
自分たちの声が実際に変化を生んだという成功体験こそが、今回のサーベイへの真摯な参加を促す最も強力な動機付けとなるのです。
参考:
Engagement Multiplier “Employee Engagement Survey Best Practices”
Quantum Workplace “Employee Engagement Survey Best Practices”
「本音」を引き出す質問設計のポイント
質の高い回答、すなわち従業員の「本音」を引き出すためには、質問の設計と、回答の心理的安全性を確保する仕組みが不可欠です。
米国の調査・顧客体験プラットフォーム提供会社アルケマー合同会社の記事によれば、質問は、明確、簡潔、そして具体的であるべきです。
専門用語や、以下の例のように一つの質問で二つのことを問うような「ダブルバーレル質問」は避けるべきとされています。
例:上司の説明はわかりやすく、部下への配慮もできていますか?
回答形式は、数値で傾向を把握できる「リッカート尺度(5段階評価など)」の定量的質問と、その背景にある理由や具体的なエピソードを探る「自由記述」の定性的質問をバランス良く組み合わせることが理想です。
質問数や回答時間にも注意
また、社員同士の協力を促進するツールを提供するイギリスのクラロメンティス社の記事によると、従業員サーベイを実施する際には、従業員の負担を考慮することも重要とされています。
長すぎるサーベイは「サーベイ疲れ」を引き起こし、回答率と回答の質を著しく低下させるとされています。
回答時間が10分から15分を超えないように、質問数を絞り込むことが推奨されます。
そして、最も重要な原則は、「組織として変える気がない、あるいは変えられないことについては質問しない」ことです。
給与制度など、管理職の権限外にある問題について意見を求めても、結局アクションに繋がらず、従業員の不満を増大させるだけだからです。
このように、設計~告知~実施までの全体設計が重要になります。エンゲージメントサーベイの導入に関する詳しい内容は以下で解説しています。
参考:
Alchemer “Best Practices for Implementing an Employee Engagement Survey”
Claromentis “6 Ways to Increase Employee Engagement Surveys Response Rate”
Tanium “Mastering Employee Engagement Surveys: From Data to Action”
エンゲージメントサーベイの分析方法

集まったデータは、それ自体では単なる数字の羅列に過ぎません。分析を通じて次の一手につなげる必要があります。
エンゲージメントサーベイ実施後のレポートを前にしたとき、まず陥りがちな罠は、総合スコアや個々の項目の点数だけを見て、「高い」「低い」と判断してしまうことです。
しかし、本当に重要なのは数字そのものではなく、その数字が生まれるに至った背景、つまり「なぜ」の部分です。
エンゲージメントサーベイのデータを分析する際に、全体の平均点を見るだけでなく、データを多角的に見ることです。
カナダの従業員エンゲージメント向けソフトウェア企業コンタクトモンキー社によれば、可能であれば、職種、役職、勤続年数といった属性でデータを分解(セグメント化)し、どこに課題が集中しているのか、パターンを探すことが重要とされています。
例えば、「キャリアの成長」に関するスコアが全体的に低くても、特に若手社員でその傾向が顕著なのであれば、取るべき対策は自ずと変わってきます。
また、米国に拠点を置く人材開発協会によると、管理職にとって有益な視点の一つが、「チーム間のばらつき(分散)」に注目することとされています。
例えば、「上司から適切なフィードバックを得られている」という項目のスコアが、全社的には平均的でも、チームによって大きくばらついている場合、それはその項目が全社的な制度よりも、直属の管理職のマネジメントスタイルに強く影響されていることを示唆しています。
これは、管理職が自身の行動変容によって直接的に改善できる可能性が高い領域であり、アクションプランを立てる上で最も重要な焦点となります。
参考:
ContactMonkey”Employee Engagement Surveys: How-To Guide For 2025”
ATD “Employee Engagement Action Planning: Using Data to Drive Impact”
まとめ
エンゲージメントサーベイを巡る「無駄だ」というため息は、多くの現場で聞かれる偽らざる本音です。しかし、本稿で明らかにしてきたように、その原因はサーベイという道具そのものではなく、目的を失った形骸的な運用にあります。
データは、日本のエンゲージメントが危機的状況にあること、そしてサーベイ後の「アクション」が生産性や業績に直結することを明確に示しています。問題は、この強力なツールを、我々がどう使いこなすかにかかっているのです。