「採用が難しい」「どれだけ求人広告に費用をかけても応募が集まらない。」「ようやく内定を出しても辞退される。採用しても、すぐに退職してしまう。」
いま、多くの企業がこの「採用の壁」に直面しています。しかし、それは決して自社の努力不足ではありません。日本の労働市場全体が、人口減少と転職志向の高まりという構造的な変化に晒されているのです。
マイナビキャリアの調査によれば、2024年の平均中途採用実施率は41.9%。さらに、一社あたりの採用費用は平均650.6万円と、前年より20万円以上も増加しました。
企業間の人材争奪戦は年々激しさを増し、採用の「難しさ」はもはや誰にとっても避けられない経営課題となっています。
では、こうした状況で企業はどのように動くべきなのでしょうか。「採用が難しい時代」に必要な施策などを解説します。
参考:
マイナビキャリア「2024年 転職市場・中途採用の最新動向」
なぜ、いま採用が難しいのか?

日本企業の多くが「採用が思うように進まない」と感じている背景には、単なる人手不足ではなく、社会全体の構造的な変化があります。以下ではその原因について紹介します。
最大の要因は、言うまでもなく労働人口の減少です。内閣府「高齢社会白書」および国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、生産年齢人口(15〜64歳)は2024年の59.6%から、2070年には52.1%へと減少すると見込まれています。
つまり、企業がどれだけ採用活動を工夫しても、「働く人」そのものが減っていく社会においては、競争がますます激しくなるのは避けられません。
また、マイナビキャリアの調査によれば、2024年の平均中途採用実施率は41.9%と高い水準になっています。
特にIT・通信業界では52.4%に達しており、専門スキルを持つ人材の奪い合いが過熱しています。
参考元:
内閣府「高齢社会白書」/国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」
マイナビキャリアリサーチLab「中途採用状況調査2025年版(2024年実績)」
採用を難しいと感じる企業の特徴とは

以下では採用が難しいと感じる企業の特徴について紹介します。
採用プロセスに問題がある
組織文化や企業ブランドに特段の問題がなく、一定数の応募者を確保できている場合でも、採用が思うように進まないことがあります。その原因は、企業側が見落としがちな「採用プロセス」そのものに潜んでいることがあります。
たとえば、候補者を一方的に「評価される側」として扱うと、不快な候補者体験を生み出してしまいます。
その結果、優秀な人材を逃すだけでなく、企業イメージや売上にまで悪影響を及ぼすことが指摘されています。
インディアナ大学ケリー・スクール・オブ・ビジネス(Indiana University Kelley School of Business)の研究論文『The candidate experience: Is it damaging your employer brand?』では、イギリスの通信大手ヴァージン・メディアを例に、採用過程で不満を感じた不採用候補者が、同社のサービスを解約したり、知人への推奨をやめたことで、年間600万ドル(約9億円)もの収益損失につながっていたことが報告されています。
この事例は、「候補者は単なる応募者ではなく、現在または将来の顧客でもある」という重要な視点を示しています。
さらに同論文によると、世界中の候補者の約41%が「悪い採用体験をした企業とは、その後取引や関係を持ちたくない」と回答していることも明らかになっています。
採用プロセスは、採用結果だけでなく、企業価値そのものを左右する要素だと言えるでしょう。
社員による自社へのクチコミが悪い
転職・就職活動において、社員によるクチコミの影響力は非常に大きくなっています。
エン・ジャパンが社会人4,500人を対象に実施した調査では、転職活動中に社員クチコミを確認した人のうち、約7割(67%)が「クチコミを見て応募や選考、内定を辞退した経験がある」と回答しています。
つまり、候補者10人のうち7人近くは、企業が直接コントロールできない「社員の声」を根拠に応募を取りやめている可能性があるということです。
現在の採用市場においては、企業が発信する公式情報よりも、現場で働く社員のリアルな声の方が信頼されやすいという現実があります。
どれだけ採用サイトや求人票を丁寧に整えても、候補者はまずクチコミサイトで実態を確かめます。
だからこそ、採用活動で最も効果的な施策は「社内の働く環境を誠実に整え、社員が自然にポジティブな声を発信できる状態をつくること」です。
社員の本音が良い方向に語られる組織こそが、もっとも強い採用力を持つ企業といえるでしょう。
参考:
エン・ジャパン”社会人4,500人に聞いた「転職活動時のクチコミ閲覧」実態調査”
画一的な打ち出し方をしている
採用がうまく進まない企業ほど、「アットホームな職場」「やりがいのある仕事」といった、どの企業でも言えるような抽象的な魅力をアピールしてしまいがちです。
しかし、候補者がクチコミを見て警戒する辞退の決め手は、実は年代によって大きく異なります。
エン・ジャパンが社会人4,500人を対象に行った「転職活動時のクチコミ閲覧」に関する調査では、年代別に「応募や内定を辞退したきっかけとなったクチコミ内容」を分析したところ、以下のような傾向が確認されています。
表1:社員クチコミが採用辞退に影響した要因(年代別最多回答)
| 年代 | 辞退に影響した主な要因 | 割合 |
| 20代 | 残業・休日出勤の多さ | 56% |
| 30代 | 給与・賞与への不満 | 52% |
| 40代以上 | 従業員の士気の低さ・人間関係の悪さ | 52% |
(出典:エン・ジャパン「転職活動時のクチコミ閲覧」実態調査に基づき作成)
このデータが示しているのは、「採用市場は一枚岩ではない」ということです。
たとえば、このデータによると、20代の若手層を採用したいのであれば、まず解消すべきはワークライフバランス(働き方・休暇制度)に対する不安です。
一方で、40代以上の経験豊富な層や管理職クラスの場合、重視されるのは給与水準そのものよりも、組織の健全性(人間関係や士気、働く環境の透明性)です。
採用が難航している企業の多くは、こうした「ターゲット層ごとの価値観の違い」を踏まえないまま、すべての候補者に同じメッセージでアピールしてしまいがちです。
その結果、候補者が本当に知りたい情報(=クチコミで確認する内容)とはズレが生じ、どの年代にも刺さらない、曖昧で印象に残らない採用メッセージになってしまうのです。
採用活動を成功させるためには、まず自社が狙う層が何に不安を抱き、どこに価値を置いているのかを正確に理解することが欠かせません。
そのうえで、課題に応じた具体的な改善と、候補者にとって意味のある情報発信を行う必要があります。
経営者ブランディングができていない
企業の「採用力」や「信頼力」を左右するのは、採用広告や給与水準だけではありません。
実は、経営者が社会や社員にどのような姿勢・価値観を示しているか、つまり、経営者ブランディングが大きな影響を与えます。
採用に苦戦している企業の多くでは、経営者が掲げる理想像と、現場で働く社員が感じている実態との間にギャップが生じています。
この「言っていること」と「実際の職場環境」の不一致が、候補者にとっては 「信頼できない企業」という印象につながりやすくなります。
University of Macedonia”The impact of employer branding on organizational performance”
Recruiting News Network”Employer Branding: What Happens When Your Hiring Brand Is Damaged?”
時代にあっていないフィルターを設けている
企業が「採用が難しい」と感じる背景には、外部環境の変化だけでなく、自社が設定している採用基準が時代に合わなくなっている可能性があります。
たとえば「大卒以上」「経験5年以上」といった条件は、一見すると優秀な人材を選別するための基準に思えます。
しかし実際には、これらの条件が応募者数を減らし、採用決定までの期間を無駄に長引かせていることが確認されています。
フィラデルフィア連邦準備銀行の分析では、大学卒業を必須条件に加えると、採用完了までの期間が平均7日(約20%)延びると報告されています。
さらに、経験年数の条件を追加すると、さらに約4.5日延びることも明らかにされています。また、ハーバード・ビジネス・スクールの研究では、学歴ではなくスキル基準で採用した企業のほうが、学位を持たない社員の定着率が大卒社員より高かったという事例も示されています。
つまり、「人材がいない」のではなく、古い基準が優秀な人材を見えなくしていることが多いのです。
参考:
Federal Reserve Bank of Philadelphia “What Can Employers Do To Mitigate Hiring Difficulties?”
Harvard Business School “Skills-Based Hiring”
効果的な採用プロセスとは

効果的な採用プロセスとは、「候補者を選ぶこと」だけでなく、「候補者にとって心地よい体験を設計すること」を同時に目的としたプロセスです。
採用活動は企業と候補者の「関係構築のプロセス」であり、候補者が受ける印象は、そのまま企業のブランド価値や今後の応募数に影響します。
以下では、インディアナ大学の論文をもとに効果的な採用プロセスについて解説します。
「惹きつける」の設計
候補者は選考の過程で出会うさまざまな接点から、企業そのものを評価しています。
求人票や説明資料に書かれた内容よりも、実際に受けた扱いやコミュニケーションの中に、企業の本質が表れます。
たとえば、次のような点が候補者の判断材料となります。
- 連絡のスピード
- 日程調整や案内の丁寧さ
- 提供される情報の明確さ
- 面接官の姿勢や話の聞き方
- 質問内容に一貫性があるか
- 候補者の時間や状況への配慮があるか
これらは単なる一回の選考対応ではなく、候補者にとっては「この会社で働くと、普段からどのように扱われるのか」を体験する機会になります。
人は、言葉よりも行動に一貫性があるかどうかを重視するため、採用プロセスはそのまま企業文化や職場の雰囲気を映し出す鏡となります。
言い換えれば、採用の進め方そのものが「企業文化の体験版」になっていると言えます。良い文化は自然と候補者に伝わり、逆に対応が雑であれば、どれほど立派な理念やビジョンを掲げていても、候補者には届きません。
「応募しやすい環境」を整える
候補者は、応募手続きが複雑で時間がかかると、その時点で関心があっても離脱する可能性が高まります。
特に、
- 応募フォームが過度に長い
- 募集要項や会社情報の説明が不明確で理解しづらい
- 案内や返信が遅く次のステップが見えない
といった事務的な負担は候補者にストレスを与えます。
採用側は効率性を優先しているつもりでも、候補者からは大切に扱われていない印象として受け取られることがあります。
その結果、応募辞退や悪い口コミの発生につながります。
負担を最小限にし、分かりやすくスムーズな応募導線を設計することが、良い候補者体験の出発点となります。
「公正で明確な評価」を行う
面接やテストは、単に能力やスキルを測るための場ではなく、候補者が企業の姿勢や価値観を体感する機会でもあります。
例えば、面接開始時刻に遅れる、評価基準が不透明で説明がない、質問内容が準備されておらず行き当たりばったりに感じられる、といった対応は、候補者に対して尊重されていない印象を与えます。
一方で、
- 面接官が候補者の経歴に目を通した上で対話を行う
- 選考スケジュールや合否連絡のタイミングをあらかじめ提示する
といった配慮は、候補者に「公正に扱われている」と感じさせ、企業に対する信頼を高めます。こうした細かな姿勢が、選ばれる企業かどうかを決めていきます。
「オファーと不採用連絡」は体験の最終工程
オファーは条件面を提示する手続きにとどまらず、候補者に対して「あなたと共に働きたい」と伝える企業側からの明確な意思表明となります。
この段階での言葉選びや説明の丁寧さは、入社意欲に大きく影響します。
また、最終的に不採用となった候補者への対応も重要です。事務的に連絡を済ませるのではなく、感謝の言葉や今後につながる一言を添えることで、候補者は企業に対して良い印象を持ち続けることができます。
反対に、連絡が遅い、定型文のみといった冷たい印象が残る対応は、不満や失望を生み、口コミやSNSで共有されるリスクを高めます。丁寧なクロージングは、再応募や紹介につながる財産になります。
参考:
まとめ
採用が難しい背景には、労働人口の減少や転職志向の高まりといった社会構造の変化があります。求人広告や条件面だけでは人材は集まりにくく、候補者は選考中の対応や社員の声から企業を判断します。応募しやすい導線、丁寧なコミュニケーション、公正な評価といった候補者体験を整えることで、選ばれる企業へと近づくことができます。

