せっかく内定を出したのに、辞退されてしまった…。特に新卒採用において、このような悩みを非常に多く耳にします。
前回までに、内定辞退が起きてしまう理由と、内定前の「合意形成」の重要性とポイントをお伝えしました。今回は、スムーズな合意形成を行うために、人事担当者があらかじめ行っておくべきことをご説明します。

選考過程で人事が「自己開示」を行っておくべき理由

事実を提供し、相手に解釈してもらったうえで言質を取り、相手の言葉を使って「うちの会社が合っているのではないのでは」と伝える。これが、内定辞退を生まない合意形成の流れであると、前回お伝えしました。

ただ、合意形成の場で、応募者に自身の思いや希望などの本音を語ってもらうには、ある程度の信頼関係が必要です。
人物像がよくわからない、得体の知れない相手にはなかなか本音を話せないもの。選考プロセスの随所で、採用担当者が自己開示を行っておくと、「この人には本音を話しても大丈夫そうだ」と思ってもらいやすくなり、合意形成時のキャリアカウンセリングもよりスムーズになるでしょう。

自己開示は、選考プロセスの初めの段階から、継続して行うのがポイント。書類選考の前後や面接前の待ち時間などに、自己紹介を行うところから始めましょう。初めは、人事担当者に積極的に質問してくる応募者は少ないと思うので、問わず語りでOKです。

その際のポイントは、応募者が共感できそうな話をすること。
自己紹介というと、「こんな部署でこんな仕事をしていて、こんなやりがいを感じている」など「今」を語る人が多いですが、中途採用者には刺さるかもしれませんが少なくとも学生はピンとこないでしょう。自分のことを熱く語ったところで、「ふーん」と聞き流されてしまいます。学生相手ならば自分の学生時代のこと、若手会社員ならば自分の若手時代のことを話せば、共感性が生まれ興味も膨らみます。

大学を卒業してもう20年以上経つ私でも、新卒採用の現場で話すのは大学時代のことです。学生相手に「人事コンサルティング会社の社長をやっていてね…」なんて話しても、興味を持ってもらえるわけがありませんから。たとえ遥か昔の話でも、「心理学を専攻していたんだけれど、アルバイトばかりで全然授業に出てなくて、おかげで成績は可ばっかりでね…」などと話すと、学生は皆面白がって聞いてくれます。

このように、初めから徐々に自己開示をしておけば、選考が進むにつれて応募者のほうからいろいろ質問されるようになります。最大のチャンスは「入社動機」を聞かれたとき。それに対する答え方次第で、応募者の「入社へのモチベーション」をぐんと高めることができます。

入社動機のポイントは「What」と「Why」

入社動機を聞かれたら、WhatとWhyに分けて話しましょう。前者は「何に惹かれて入社したのか」、後者は「なぜそこに惹かれたのか」です。

多くの人はWhatだけで終わらせがちですが、Whatはどうしても会社や仕事の説明になりがちで自己開示にはなりませんし、応募者が既に会社研究の過程で知っている情報だったりします。なぜその部分に惹かれたのか、理由を伝えることが重要です。

Whyを伝える過程では、自然に自身のライフストーリーに触れることになります。学生時代にこんな出来事があって、こんな影響を受けたから、この部分に惹かれた…という一連の流れを説明することで、自身の人となりを伝えることができ、人事担当者がぐっと身近に感じられるようになります。「私も同じような考えだ!」など共感も生まれ、信頼関係が築きやすくもなります。

このように、自己開示は人事担当者にとって非常に重要なポイントなのに、多くの人は事前に準備をすることなくアドリブで返したり、照れながらごまかしたりしてしまいます。せっかく入社動機を聞かれたのに、「たまたまだよ」「最初に内定をくれたからね」なんて適当にごまかす人の何と多いことか。本当に「最初に内定をくれたから決めた」のだとしても、そのほかの理由は必ずあるはず。応募者と信頼関係を築き、内定辞退を減らしたいのであれば、応募者の質問を適当に受け流さず、一つひとつ真剣に答えるべきです。

たまに「応募者に入社動機なんて聞かれたことがないなあ」という人事担当者に出会いますが、自身の対人影響力の低さを自覚し、姿勢を改めたほうがいいでしょう。応募者に合わせて自己開示を行い、「この人面白そうだな」「もっと話を聞いてみたいな」と思わせないとことには、内定辞退は減らせないと理解しましょう。

【本記事の執筆者】

曽和 利光(そわ・としみつ)

株式会社人材研究所 代表取締役社長
新卒で株式会社リクルートに入社後、ライフネット生命保険株式会社と株式会社オープンハウスを経て、2011年に株式会社人材研究所を設立。「人と、組織の可能性の最大化」をテーマに掲げ、人事、採用にコンサルティング事業などを展開。『人事と採用のセオリー』など、これまで多くの書籍を出版し、いずれも大きな話題を集めている。