人材育成とは、企業が社員に対し業務に必要な知識やスキルを習得させ、能力開発を促す計画的な活動を指します。現代のビジネス環境は、技術革新の加速や市場ニーズの多様化など、絶え間ない変化に晒されています。

このような状況下で企業が持続的に成長し、競争優位性を維持するためには、社員一人ひとりの能力向上が不可欠です。

本記事では、人材育成を取り巻く最新の動向や企業が直面する課題を明らかにし、その上で人材育成の多岐にわたるメリットを解説します。

人材育成の現状と課題

人材育成の重要性が叫ばれる一方で、多くの企業がその実践において様々な課題に直面しています。最新の調査データに基づき、企業研修市場の動向と企業が抱える具体的な課題を明らかにします。

企業研修市場の動向と投資状況

企業向け研修サービスの市場規模は拡大傾向にあります。2021年度には5,210億円(前年度比8.1%増)、2022年度には5,370億円(前年度比3.1%増)と推計されており、これはコロナ禍以前の2019年度の市場規模(5,270億円)を上回る結果です。

この成長の背景には、オンライン研修の普及が進み、これまで研修サービスを利用していなかった層の潜在需要が掘り起こされたことや、人的資本経営への関心の高まりを受けて企業の採用・教育投資意欲が依然として高い水準にあることが挙げられます。

参考:
株式会社矢野経済研究所「企業向け研修サービス市場に関する調査(2022年)」

多くの企業が抱える人材育成の課題

市場が拡大し、企業による教育投資が増加しているにもかかわらず、多くの企業が人材育成において課題を抱えている実態が明らかになっています。

ヒューマンアカデミー株式会社の調査では、人事・研修担当者のうち「研修に課題はない」と回答した企業はわずか9%に過ぎませんでした。

具体的な課題としては、「人材不足(研修担当者や社内講師の不足)」が37%で最も多く、次いで「ノウハウ不足」が36%、「費用不足」が33%と、リソースに関する問題が上位を占めています。

人材育成を「内製化」している企業は6割を超えていますが、「研修コンテンツ作成の手間」や「社内講師の育成の難しさ」など、内製化特有の課題も浮き彫りになっています。

これは、教育投資が進む一方で課題が解決されていない「投資と課題のパラドックス」と言えます。内製化の意欲はあるものの、人材やノウハウといったリソース不足から、十分な教育体制が構築できていない可能性があります。外部委託に頼るのではなく、教育企画力や講師育成などの内部能力強化が求められています。

さらに問題なのは、「社員のモチベーションが低い」「研修の満足度が低い」など、エンゲージメントに関する声が多い点です。社員が研修の目的を自分ごとと捉えられず、「やらされ感」を抱えながら参加している状況が見受けられます。これは、研修の内容だけでなく、目的設定や伝え方、社員のニーズとのズレといった戦略面の課題でもあります。

参考元:
ヒューマンアカデミー株式会社「人事・社員研修に関する課題を分析「研修に課題はない」企業はわずか9%。人材不足・ノウハウ不足など、多くの課題を抱える研修担当者の孤独と本音」

なぜ人材育成が重要なのか?

人材育成の最も重要な目的は、社員が業務を遂行する上で必要となる知識やスキルを習得し、その能力を高めることを通じて、組織全体の生産性と業務品質を向上させることです。

これには、新入社員に対するビジネスマナーや基礎業務の教育から、中堅社員向けの専門技術や問題解決能力の育成、さらには管理職に対するマネジメント能力の強化まで、各階層や職務内容に応じた多岐にわたるスキル習得の支援が含まれます。

また、社員に対して継続的な成長の機会を提供し、企業理念や目指すべきビジョンを共有することも、人材育成の重要な目的の一つです。これにより、社員一人ひとりが自らの役割や組織への貢献を実感し、エンゲージメント(企業への愛着や信頼、貢献意欲)を高め、結果として人材の定着を促進することに繋がります。

人材育成の主な手法とそれぞれの特徴:OJT・Off-JT・eラーニング等を徹底比較

人材育成には様々な手法があり、それぞれに特徴、メリット、デメリットが存在します。目的や対象者、内容に応じて最適な手法を選択、あるいは組み合わせることが重要です。

OJT(On-the-Job Training)

OJTは、実際の職場で実務を通じて、上司や先輩社員から直接指導を受けながら業務知識やスキルを習得する育成手法です。日々の業務の中で行われるため、実践的な能力が身につきやすいのが特徴です。

メリット

  • 実務に直結した内容のため、学んだことがすぐに業務に活かされ、即戦力化しやすい。
  • 具体的な業務場面で指導を受けるため、知識やスキルが定着しやすい。
  • 個々の理解度や進捗に合わせて、きめ細やかな指導が可能。
  • 外部研修のような会場費や講師費用がかからず、コストを抑えられる場合がある。

デメリット

  • 指導者のスキルや熱意、指導に割ける時間によって教育効果が大きく左右される。
  • 業務の全体像や背景にある理論など、体系的な知識の習得が難しい場合がある。
  • 指導者自身の業務負担が増える可能性がある。

Off-JT(Off-the-Job Training)

Off-JTは、通常の業務から離れた場所(研修施設や会議室など)で、座学形式の講義、グループワーク、セミナーなどを通じて、体系的な知識や専門スキルを習得する育成手法です。集合研修や外部講習などがこれに該当します。

メリット

  • 日常業務から解放され、学習に集中できる環境が提供される。
  • 一度に多数の社員に対して、均一な質の教育を実施できる。
  • 専門的な知識や理論、広範なビジネススキルなどを体系的に学ぶのに適している。
  • 社外の研修に参加する場合、他社の参加者との交流を通じて新たな視点や人脈を得る機会にもなる。

デメリット

  • 研修費用(講師謝金、教材費など)や会場費、参加者の交通費・宿泊費など、コストがかかる。
  • 研修で学んだ知識やスキルが、すぐに実務に結びつかない場合がある。
  • 参加者の業務都合を調整し、研修時間を確保する必要がある。

eラーニング(e-Learning)

eラーニングは、PCやスマートフォン、タブレットなどのデバイスとインターネットを利用して行われる学習形態です。動画コンテンツの視聴、オンラインテスト、学習進捗管理機能などを備えたLMS(学習管理システム)を通じて提供されることが一般的です。

メリット

  • 時間や場所に縛られず、個人の都合に合わせて学習を進められる(通勤時間や休憩時間などの隙間時間も活用可能)。
  • 理解できるまで何度でも繰り返し学習できるため、知識の定着につながりやすい。
  • 個々の学習進捗や理解度をシステムで可視化・管理しやすい。
  • 集合研修にかかる会場費や講師の交通費、資料印刷費などの運営工数やコストを削減できる。
  • フレックスタイム制やリモートワークなど、多様な働き方をしている社員にも均等な学習機会を提供できる。

デメリット

  • 学習を進める上で自己管理能力や高いモチベーションが求められる。
  • 実技指導や細やかなフィードバックが必要なスキルの習得には不向きな場合がある。
  • 受講者間のコミュニケーションや競争意識が生まれにくく、モチベーション維持のための工夫が必要。

メンター制度(Mentoring)

メンター制度とは、職務経験や知識が豊富な先輩社員(メンター)が、主に若手や新人の後輩社員(メンティー)に対して、業務上の指導や助言、キャリアに関する相談、精神的なサポートなどを一対一で継続的に行う制度です。

メリット

  • メンティーの成長を中長期的に支援できる
  • キャリアや人間関係など、精神的なサポートにも対応
  • 新入社員の早期離職防止や職場定着に効果的
  • 社内の信頼関係やコミュニケーションの活性化につながる
  • キャリア自律意識を育む機会を提供できる

デメリット

  • メンター側に一定の時間と負担がかかる
  • メンターとメンティーの相性が成果に大きく影響する
  • 信頼関係の構築に時間がかかる場合がある
  • 制度が形式化すると、機能しにくくなる可能性がある

単一の教育手法が万能であるということは稀です。多くの場合、学習目標、対象者のレベル、組織の状況に合わせてこれらの手法を戦略的に組み合わせることによって実現されます。

社員の学習意欲を高めるには?

人材育成の効果を最大限に引き出すためには、受講者である社員が高い学習意欲を持って研修に臨むことが不可欠です。しかし、多くの企業で「社員のモチベーションが低い」という課題が指摘されています。ここでは、社員の学習意欲を高め、研修効果を向上させるための秘訣を探ります。

「やらされ感」の払拭と内発的動機づけの重要性

研修の目的や意義が社員に十分に伝わっていない場合、社員は「会社から言われたから仕方なく参加する」といった「やらされ感」を抱きやすくなります。このような状態では、学習内容が身につきにくく、研修効果は著しく低下してしまいます。

最も重要なのは、研修の目的、つまり「何のためにこの研修を行うのか」「この研修を受けることで自分や会社にどのようなメリットがあるのか」を明確に伝え、受講者自身がその必要性を深く理解し、納得できるようにすることです。

この「目的の明確化と共有」こそが、「やらされ感」を払拭するための第一歩です。さらに、社員が自らの意思で「学びたい」「成長したい」と感じる「内発的動機づけ」を促すアプローチも極めて重要です。

例えば、自己分析を通じて自身の価値観、強み、興味関心を明確にし、それらが仕事や学習とどのように結びついているかを認識させることで、学習に対する主体的な意欲(やりがい、知的好奇心、成長実感など)を高めることができます。

社員のモチベーションは、単に研修内容の魅力だけでなく、その研修が個人のキャリアや自己実現にどう貢献するのか、そして組織全体の目標達成にどう繋がるのかといった、より広範な文脈の中で醸成されるものです。

研修プログラムの見直し

自社の経営理念や事業戦略、現在直面している課題と密接に関連した研修内容にすることで、受講者は研修の意義を理解しやすくなります。

また、受講者の役職や職務、スキルレベル、ニーズに合わせた、いわゆる「ちょうどよい」レベルの研修内容を提供することが重要です。

また、eラーニングであれば、自社の具体的な事例を取り入れたオリジナルコンテンツを作成したり、ゲーミフィケーションの要素(ポイント付与、ランキング表示など)を導入したりすることも有効です。

社員のキャリアと接続させる

研修で学ぶ内容が、自身のスキルアップやキャリア目標の達成、将来のキャリアパスにどのように繋がるのかを具体的に示すことで、学習への動機づけを強化します。

研修の受講や成果を、昇進・昇格の要件としたり、人事評価制度と連動させたり、あるいは個人のキャリアプランニング支援と組み合わせることで、学習へのインセンティブを高めることができます。

社員の学習モチベーションは、研修内容の質だけでなく、その研修が「何のために行われるのか」という目的の明確性、個人の成長やキャリアへの関連性、学びやすい環境、そして上司や組織からのサポートといった、多岐にわたる要素が複合的に作用して形成されます。

単に研修への参加を義務付けるだけでは、真のエンゲージメントは生まれません。研修を「自分にとって価値ある投資」と社員が認識できるよう、組織全体で取り組む姿勢が求められます。

人材育成の効果測定にはカークパトリックモデルを活用

人材育成は多大なコストと時間を要する投資です。その効果を最大化し、継続的な改善を図るためには、実施した教育プログラムの成果を客観的に測定・評価することが不可欠です。ここでは、研修効果測定の重要性と、その代表的なフレームワークである「カークパトリックモデル」について解説します。

カークパトリックモデルの4段階評価法

国際科学技術研究ジャーナル(IJSER)が公表している論文によると、研修効果測定のフレームワークとして国際的に広く知られているのが、ドナルド・L・カークパトリック博士が提唱した「カークパトリックモデル」です。このモデルでは、研修効果を以下の4つのレベル(段階)で評価します。

レベル1:反応(Reaction)

研修を受講した社員が、その研修内容や講師、運営などに対してどのように感じたか、満足したか、有用だと感じたか、といった主観的な反応を測定します。

研修終了直後に実施するアンケート調査が一般的です。満足度、内容の難易度、講師の説明の分かりやすさ、研修内容が実務に役立つか、研修時間や教材の適切性などを質問項目に含めます。その他、グループインタビューやヒアリングなども有効です。

受講者の率直な感想や意見を収集し、研修プログラムの魅力度や改善点を把握します。ただし、満足度が高いことが必ずしも学習効果や行動変容に直結するわけではない点に留意が必要です。

レベル2:学習(Learning)

受講者が研修を通じて、知識やスキル、あるいは態度などをどの程度理解し、習得できたかを測定します。

研修前後の理解度テスト(知識テスト、スキルチェック)、レポート提出、演習課題やケーススタディの成果物評価、ロールプレイングの観察評価などが用いられます。

研修で意図した学習目標が達成されたか、受講者の能力が具体的にどの程度向上したかを客観的に評価します。

レベル3:行動(Behavior)

研修で学んだ知識やスキル、あるいは変化した態度が、実際の職場行動にどの程度反映され、行動変容が起きているかを測定します。

研修後、一定期間(数週間~数ヶ月)をおいて、受講者本人へのアンケートやインタビュー、上司や同僚、部下などからの多面評価(360度評価)、行動観察、OJT中の実践度評価、業務日報や成果物の分析などが行われます。

このレベルの評価を効果的に行うためには、研修で何を教えたかを事前に管理職に伝え、学んだことを実践できる機会を作ってもらったり、実際の業務で活用できているかを確認してもらったりするなど、現場の管理職の協力が不可欠です。

レベル4:成果(Results)

研修の実施が、最終的に組織全体の業績や重要な経営指標(KPI)にどのような影響を与え、どのような成果に繋がったかを測定します。具体的な指標としては、生産性の向上、製品・サービスの品質改善、売上や利益の増加、コスト削減、顧客満足度の向上、従業員満足度の向上、離職率の低下などが挙げられます。

参考:

Khamis, A., Abdul Mutalib, M., Bin Zumrah, A. R., & Abdul Muthaliff, M. M. (2017). The impact of practicing reaction and learning in theory of Kirkpatrick for training evaluation. International Journal of Scientific Engineering and Research (IJSER), 5(1), 43–47.

人材育成でよくある失敗とその対策

人材育成は企業にとって重要な投資ですが、その効果が十分に得られず、失敗に終わってしまうケースも少なくありません。

ここでは、人材育成で陥りやすい代表的な失敗例とその原因、そしてそれらを回避・改善するための対策について解説します。これらの失敗は個別の事象として捉えるのではなく、相互に関連し合っており、教育プロセス全体のシステム的な課題を示唆している場合が多いことを念頭に置く必要があります。

失敗例1:研修目的が曖昧・共有不足

何のためにこの研修を行うのか、研修を通じてどのような状態を目指すのかという目的が、企画段階で曖昧であったり、明確であっても受講者や関係者に十分に共有されていなかったりするケースです。その結果、受講者は研修の意義を理解できず、「やらされ感」を抱き、学習効果が著しく低下します。

研修を企画する最初の段階で、経営課題や現場のニーズを踏まえ、研修の目的とゴールを具体的かつ明確に設定します。

そして、その目的や期待される成果、なぜこの研修が必要なのかという背景を、受講者本人だけでなく、その上司や関連部署にも丁寧に説明し、共通認識を醸成することが不可欠です。

失敗例2:画一的な内容で対象者に合っていない

受講者の職務内容、経験年数、スキルレベル、抱える課題といった個別の状況を十分に考慮せず、全対象者に対して画一的な内容の研修を提供してしまうケースです。内容が簡単すぎたり、逆に難解すぎたり、あるいは自身の業務との関連性が見出せない場合、受講者の関心や学習意欲は低下します。

研修を企画する際には、事前アンケートやヒアリングを通じて、対象となる受講者の現状のスキルレベルやニーズ、課題感を把握します。

その上で、階層別、職種別、あるいは個別の課題解決といった目的に応じて、研修プログラムの内容を適切に設計・調整(カテゴライズ)します。必要に応じて、複数のコースを用意したり、内容をカスタマイズしたりする柔軟性も求められます。

失敗例3:研修後のフォローアップ不足・実践機会の欠如

研修を実施して「やりっぱなし」にしてしまい、学んだ知識やスキルを実際の業務で活用するためのフォローアップや、実践する機会が十分に提供されないケースです。これでは、研修で得た学びが一時的なものに終わり、知識として定着せず、行動変容にも至りません。

研修効果を持続させ、実務での定着を図るためには、計画的なフォローアップが不可欠です。研修後にOJTとの連携を強化したり、学んだことを活用する具体的な実践課題を設定したり、上司による定期的なフォローアップ面談を実施したり、効果測定(特に行動変容の確認)を継続的に行うといった取り組みが有効です。

まとめ

本記事では、人材育成の現状と課題、その重要性、多様な手法、効果的なプログラム設計、階層別アプローチ、モチベーション向上策、効果測定、成功事例、そして一般的な失敗とその対策に至るまで、人材育成に関する包括的な情報と実践的なノウハウを提供してきました。

最終的に、優れた人材育成プログラムを体系的かつ継続的に実施することは、個々の社員の能力を高めるだけでなく、組織全体が常に学び、変化に適応し、革新を続ける「学習する組織」へと進化するための触媒となります。このような学習文化の醸成こそが、人材育成がもたらす最も深遠かつ持続可能な価値であると言えるでしょう。ぜひ、今日からその第一歩を踏み出してください。