変化が多い現代では、人材の最適配置は企業の成長にとって欠かせない要素です。しかし、労働者にとっては配置転換が自分自身や家族の生活に大きな影響を与えることも…。配置転換を拒否する場合も考えられます。

本記事では、労働者とのトラブルを防ぐために企業が配置転換について注意すべきポイントを、実際の判例も交えて解説します。

労働者は配置転換命令を拒否できるのか?

原則、労働者は企業からの配置転換命令を拒否できません。企業の配置転換を直接規制する法律はありませんが、配置転換に関して一定の基準を作った有名な判例があります。それは「東亜ペイント事件」です。

<東亜ペイント事件(最二小判昭61.7.14労判477号6頁)>

東亜ペイント事件とは、企業からの配置転換命令に対し、家庭の事情で配置転換を拒否した労働者が処分に対して訴訟を起こした事件である。

大卒でA社に就職した労働者Xは、入社から8年目に転居を伴う異動の内示を受けた。

A社では、就業規則に「会社が業務上の都合により転勤、配置転換を命じることができる」旨を明記しており、転居を伴う転勤も頻繁に行われていたため、転勤はごく自然なことであった。

Xは家庭事情を理由に異動を拒否したが、A社は業務を円滑に執り行うためにXに転勤命令を発令した。

Xはそれでも拒否を続けたため、A社は業務命令違反とみなし、Xに対して懲戒解雇処分を下した。それに対してXは不当解雇であると訴え、最高裁まで争われた。

結果A社の勝訴となり、Xの言い分は認められなかった。

東亜ペイント事件における判決のポイント

東亜ペイント事件の判決のポイントは次の通りです。

 

①就業規則に根拠となる文言が明記されていること

②人事権行使の濫用にあたらないこと

これは、そのまま配置転換における人事権行使の条件になっています。

「就業規則に根拠となる文言が明記されていること」とは?

東亜ペイント事件では、就業規則に「業務上の都合により社員に異動を命ずることがある。この場合には正当な理由なしに拒むことができない。」と明記されていました。

就業規則で労働者に配置転換の可能性を周知しておくことは、人事権を行使して配置転換を行う上で絶対条件となります。配置転換の可能性がある会社は、必ず就業規則に明記する必要があります。

ただし、勤務地限定正社員や職務限定正社員に配置転換を打診する場合は注意が必要です。あらかじめ勤務地や職務を限定して労働契約を結んでいるため、配置転換命令が労働契約内容に反する可能性があります。配置転換前には必ず労働条件を確認しましょう。

「人事権行使の濫用にあたらないこと」とは?

人事権行使の濫用にあたらないことは、その配置転換が「①業務上の必要性があるか」「②不当な動機や目的によるものでないか」「③従業員に過度に不利益を被らせていないか」の3点で判断されます。

東亜ペイント事件では上記3点を満たしていたため、企業が勝訴する結果になりました。

それぞれを詳しく見ていきましょう。

①業務上の必要性があるか

業務上の必要がある例としては、下記が挙げられます。

  • 労働者を適材適所で配置するため
  • 労働者の能力開発や育成のため
  • 労働者の勤務意欲を向上させるため
  • 業務を円滑に運営するため

これは余人をもって代え難い、といった高度の必要性が求められるものではなく、企業が成長するために必要であるとみなされれば、基本的に許容されます。

②不当な動機や目的によるものでないか

不当な動機や目的による配置転換とは、企業の合理的な運営から外れた私的な事情で配置転換させることを指します。例えば、退職を促すことや、嫌がらせ、制裁を目的とした配置転換などです。逆にいえば、こうした動機・目的に当てはまらない場合は、配置転換は広く認められることになります。

③従業員に過度に不利益を被らせていないか

この点については、労働者が訴訟を起こしたケースがいくつもありますが、ほぼ企業が勝訴しています。

例えば、帝国臓器製薬事件(最二小判平11.9.17労判768号16頁)では、労働者は転勤により単身赴任を強いられたと主張しましたが、権利の濫用に当たらないとされました。また、子育てとの両立の観点ではケンウッド事件(最三小判平12.1.28労判774号7頁)も有名です。異動により通勤時間が50分から1時間45分に伸び、子育てとの両立が困難になるとして労働者が異動を拒否しました。しかし、その主張は認められませんでした。

介護や子育てが理由でも、一定の配慮は求められるものの、原則として配置転換命令は拒否できないというのが裁判所の見解です。

このように、企業は労働者の配置転換に対して、絶大な権力を持っているといえます。

企業も労働者も納得のいく配置転換を実現するために必要なこと

配置転換に対して、法の下では企業が圧倒的に強い立場にあります。とはいえ、働き方改革が進む昨今では、労働者の権利も無視はできません。育児・介護休業法の26条では「事業主は、…その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」と企業の配慮義務を定めています。

労働者の権利を守りながら目的を達成する配置転換を実現するためには、どうしたら良いのでしょうか。

その答えは、前もって労働者に提示しておくことです。

人事権行使の条件として挙げたとおり、就業規則で事前に労働者に周知することが重要です。「弊社はこういうルールでやっているので、理解しておいてください」という姿勢を示しておくことで、反発があった際も納得のいく説明ができます。

また、転勤がない「勤務地限定正社員」や、仕事内容を限定した「職務限定正社員」など、働き方の選択肢を設けることも解決策の1つです。お互いが労働条件に納得した状態で契約を結ぶので、転勤したくない人や業務内容を変えたくない人を無理やり配置転換する必要がなくなります。

ただし、出向の場合は他社に赴くことになるため、異動よりも権利の濫用について厳しく評価されます。出向の可能性がある場合は、入職段階で同意書を書いてもらうなど、必ず確認できる形で事前に同意を得ておくと良いでしょう。

令和の時代に求められる配置転換の在り方

配置転換について、過去の判例を交えて解説しましたが、何を良しとするかは時代とともに移り変わるもの。時代に合わせてアップデートし続ける必要があります。

令和のトレンドとして、押さえておきたいポイントは2点あります。

1点目は、リモートワークの普及です。「業務上の必要性があること」に対し、本当に転勤する必要があるのかを考え直すきっかけとなっています。リモートワークでも対応できる業務に対して配置転換を命じて裁判になった場合、企業に厳しい判決を下される可能性もあります。配置転換を決める前に業務内容と転勤の必要性について十分に検討しましょう。

2点目は、ジョブ型雇用への移行です。日本では従来、新卒一括採用と終身雇用をベースに、業務内容や勤務地を変えながら働くメンバーシップ型雇用が一般的でしたが、ここ最近では、あらかじめ定めた職務内容に基づき人材を採用するジョブ型雇用が注目されています。

仕事に対して能力がある人材を割り当てる手法なので、ジョブ型雇用で採用した場合は、労働契約外の職務を割り当てる配置転換ができなくなります。

また、ジョブ型への移行に備えてメンバーシップ型とジョブ型のハイブリッド型を取る企業も出てきました。新卒を一括で採用し、最初の数年間はさまざまな業務を経験させて適性を確認し、適性が見えてきたタイミングで職務を絞り、専門性を育成する手法です。ハイブリッド型は途中から職務を限定する働き方になるため、職務を超えた配置転換が発生する場合は、トラブル防止のために本人の同意を得るようにしましょう。

企業は本来、労働者の配置転換に対して強い立場にあります。しかし、労働者の権利を守るためには、雇用契約を結ぶときに配置転換が発生する可能性について労働者とすり合わせが必要です。時代の変化に応じて会社の制度や規則を見直し、企業と労働者の両者が納得して働けるような環境整備を進めていきましょう。