従業員がメンタルヘルスの不調に陥ったとき、どのように対処すべきか戸惑うことはありませんか?

近年は、精神的な不調で休職する労働者が増えており、企業側に職場環境の改善や不調者への適切な対応が求められるようになっています。

コラムでは、企業の対応が訴訟につながった例を紹介するとともに、従業員への適切な対応方法や企業が行うべきメンタルヘルス対策をお伝えします。

メンタルヘルスとは?

メンタルヘルスとは、人の心の健康状態を意味する言葉です。近年は、メンタルヘルスに不調を抱える人が増加傾向にあり、厚生労働省の「労働者の心の健康保持増進のための指針」では、メンタルヘルスの不調を次のように定義しています。

「精神及び行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活及び生活の質に影響を与える可能性のある精神的及び行動上の問題を幅広く含むもの」

令和3年度の労働安全衛生調査(実態調査)によると、メンタルヘルス不調により連続1カ月以上休業した労働者または退職した労働者がいた事業所は全体の10.1%となっており、10社に1社の割合で社員が休職・退職しています。

また、現在の仕事や職業生活に関して強い不安やストレスとなっている事柄がある労働者の割合は53.3%と半数以上におよび、メンタルヘルス不調が社会的に大きな問題となっていることがわかります。

同じ調査によると、メンタルヘルス対策に取り組む企業の割合はおよそ6割に達しています。ただ、逆をいうとこの数字からは4割近い企業が対策を講じていない現状も浮かび上がってきます。

メンタルヘルスのケアは必須?

2014年に「労働安全衛生法の一部を改正する法律」が公布されたことにより、常時使用する労働者が50名以上いる事業所に対して、ストレスチェック制度の運用が義務化されました。ストレスチェックの対象者は正社員だけではなく、契約期間に定めのないアルバイトやパート社員(※)も含まれます。

企業はストレスチェックの結果を労働者に通知し、高ストレスであり、面接指導が必要であるとストレスチェックの実施者が判断した者場合には、医師による面談を行います。必要な場合は、業務内容の変更や労働時間の短縮などの措置をとらなければなりません。

なお、労働者が50名未満の事業所では、ストレスチェックは当面の間は努力義務とされています。

※1週間の所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上の社員

メンタルヘルスをケアするメリット

メンタルヘルス対策を行い従業員が本来の力を発揮できるようになれば、職場の生産性低下を予防できます。

従業員がメンタルヘルス不調に陥ると、適切な判断ができなくなってミスが増えたり、遅刻や欠勤が増えたりして、結果的に職場全体の生産性が下がる恐れがあります。また、一人の従業員がメンタルヘルスに問題を抱えると、周囲のモチベーションに影響を及ぼす可能性もあるでしょう。

こうしたリスクを考えたとき、メンタルヘルスケアを行うことは職場全体の環境改善や生産性の向上につながります。メンタルヘルス不調による従業員の長期休業や離職の発生率を抑えることができれば、新たな人材を雇用・教育するコストも削減できます。

メンタルヘルス問題で争点になる「安全配慮義務」

労働者のメンタルヘルス問題で争点となるのは、企業が「安全配慮義務」を果たしているかどうかです。

労働契約法(第5条)は、労働者の安全への配慮について以下のように明文化しています。

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

ここで指摘される配慮の中には、危険な作業や有害物質などへの配慮だけではなく、メンタルヘルス対策も含まれます。

安全配慮義務は、「健康配慮義務」と「職場環境配慮義務」の2つの要素を含むため、それぞれ確認していきましょう。

健康配慮義務

健康配慮義務とは、労働者の疲労や心理的な負担に配慮し心身の健康を損なわないよう対策を講じる義務のことです。

具体的には、定期的な健康診断を行うことや、労働時間を適正に管理すること、ストレスチェックをはじめとする取り組みを通してメンタルヘルス対策を行うことが挙げられます。

職場環境配慮義務

職場環境配慮義務とは、労働者が快適に働ける環境を提供するよう配慮する義務のことです。

具体的には、有害物質にさらされない環境を保つこと、適切な室温や採光を保つこと、業務を行ううえで必要な設備を用意することなどが挙げられます。

安全配慮義務違反の判断基準

企業が安全配慮義務に違反しているかどうかは、以下の3点を基準に判断されます。

①予見可能性および結果回避性の有無

1つ目は、従業員が心身の健康を害する可能性を予測できたのかどうかです。可能性を予測していたにも関わらず対策を講じなかった場合は、安全配慮義務違反となる恐れがあります。

②因果関係の有無

2つ目は、病気や怪我の原因が企業にあるかどうかです。原因が企業にある場合は安全配慮義務違反となりますが、従業員の生活習慣やプライベートに要因がある場合は企業側の責任は問われません。

③労働者側の過失の有無

3つ目は、従業員側に過失があるかどうかです。病気や怪我が労災として認められたとしても、企業が安全配慮義務に違反していると判断される可能性は低いです。損害賠償を求められた場合も、減額になることが多いでしょう。

メンタルヘルスの対応で訴訟につながった事例

ここでは、企業によるメンタルヘルスケアの対応が訴訟につながった事例を紹介します。

事例1:東芝うつ病事件

東芝うつ病事件とは、うつ病による休職満了によって解雇された従業員Aが、うつ病の要因は過度な業務にあり、解雇は無効であるとして会社を訴えた事件である。

Aはあるプロジェクトのリーダーを務めていたが、休日や深夜を含む時間外労働が続いたこと、未経験で負担の過重な業務を命じられたことが原因となり、体調を崩し業務に支障をきたすようになる。Aはうつ病により3年間休職し、休職満了に伴い解雇を言い渡される。

Aはうつ病の発症は業務に起因するとして不当解雇を主張した。

裁判所の判決では、企業側に安全配慮義務違反があったと判断され、解雇無効と賃金および慰謝料の請求が認められた。

東芝うつ病事件における判決のポイント

東芝うつ病事件における判決のポイントは、企業側がAがメンタルヘルス不調をきたしている可能性を見過ごし、業務量の調整を怠ったことです。

Aは神経科に通院していたことを上司に話していなかったため、そのために会社側がAの不調に気づく機会を失ったという見方があるかもしれません。しかし、裁判では労働者の健康状態はプライバシーに属する情報であり、人事考課などへの影響を考え通常は職場に明かさないものと判示されています。

このことからいえるのは、会社側は本人からの申告がなかったとしても、従業員の心身の状態を考慮し業務を調整しなければならないということです。安全配慮義務違反を避けるには、本人からの申告に頼るのではなく、積極的なメンタルヘルス対策を講じることが重要となります。

事例2:日本ヒューレット・パッカード事件

日本ヒューレット・パッカード事件とは、無断欠勤を理由に諭旨退職の懲戒処分を受けた従業員Bが、懲戒処分が無効であるとして会社を訴えた事件である。

Bは、実際にはそうでないにもかかわらず、自分の日常生活を監視する加害者集団が、職場の同僚を通して自分に嫌がらせを行っていると認識していた。Bは嫌がらせにより業務に支障が生じているとし、問題が解決されない限り出勤しない旨を会社に伝えたうえで約40日にわたって欠勤を続けた。

会社側は、Bの行為は就業規則に定める懲戒事由である「理由のない無断欠勤」に該当すると判断し諭旨退職処分を行った。

Bは当該懲戒処分に疑問を持ち、雇用契約上の地位の確認と賃金の支払いを求めた。

裁判では、Bの行為は「理由のない無断欠勤」にあたらないと判断され、諭旨退職の処分は無効とされた。

【日本ヒューレット・パッカード事件における判決のポイント】

日本ヒューレット・パッカード事件における判決のポイントは、企業側が必要な対応をとらないまま懲戒処分を行ったことにあります。

裁判では、メンタルヘルス不調によって欠勤が続いていると認められる労働者に対しては、企業側が精神科医による健康診断を推奨するなどの対策を行い、結果に応じて休職などの処置をとる必要があると指摘されました。

この判例からは、企業側はたとえ従業員が無断欠勤を続けていたとしても、ただちに解雇するのではなく、受診を指示しその結果を踏まえて休職を発令するなどの適切な対応をとる必要があることがわかります。

メンタルヘルス不調者への適切な対応方法

実際にメンタルヘルスの不調を抱えた従業員に対して、企業側はどのように対応すれば良いのでしょうか。その流れを確認していきましょう。

発覚時

従業員が不調を抱えていると推測される場合、面談を行い対応を検討します。

 面談

対象となる従業員との面談を設定し、健康状態についてのヒアリングを行いましょう。医学的な判断は医師に任せることとし、企業は従業員が今後も「働けるか」「働けないか」という観点のみを考慮します。

産業医面談の実施

医学的な診断については医師の意見が必要であるため、産業医との面談も設定します。

医師の意見も参考に対応を検討

医師との面談を終えたら、医師の意見を取り入れたうえで従業員が「働けるか」「働けないか」を改めて検討し、状況によって休職を指示しましょう。

当事者以外の労働者に対するフォロー

メンタルヘルスに不調を抱える従業員がいる場合、本人だけではなく周囲の従業員に対するフォローも大切です。

不調者が通常業務に支障をきたして周りに影響が出ている場合、ほかの従業員の負担が過度にならないよう状況によって速やかに休職を指示することが求められます。休職するのか、休職しないのか不明瞭な状態では、業務の割り振りが難しく周りも対応に苦慮します。

従業員を休職させる際は、ほかの従業員が無理なく業務を行える体制を整えることもポイントです。

休職中

休職中の従業員には定期的な病状の報告を義務付けましょう。

本来、労働契約を結んだ従業員には労働を提供する義務があり、労働が免除される休職中は療養に専念することが求められます。復職をスムーズにするためにも、従業員とは定期的に連絡をとることが望ましいでしょう。

職場復帰時

職場復帰時の対応は、病気が「治癒」したのか、あるいは「寛解」したのかによって異なります。

治癒とは、病気が完全に治った状態のこと。寛解とは、病状が落ち着き安定状態にあるものの、再発の可能性がある状態を指します。

医師の見解を診断書で確認

復職の際は、まずは診断書で医師の見解を確認して対応方法を決定します。病気が治癒もしくは寛解しているのに復職させないことはトラブルの要因になるので、必ず診断書にもとづいて判断を行いましょう。

治癒の場合:今までの業務に復帰

診断書を確認し、病気が治癒している場合は休職前の業務に復帰させます。

寛解の場合:試し出勤から段階的に復帰

寛解の場合は、主治医の診断書の内容や産業医の意見から復職させるかどうか判断します。

復職させる際は、1週間から10日程度の期間で試し通勤を行い、問題なく働ける状態か確認しましょう。

通勤訓練では、「始業時間に遅れず出勤できるか」「通勤に下車して休んでいないか」といった点を確かめ、働ける状態か判断します。

復帰の際、本人が休職前よりも簡易な業務を希望し、社内に該当する仕事がある場合は、その業務から始めさせると良いでしょう。

また、寛解の場合は復職後も予後の観察が必要です。定期的に産業医面談を行い、従業員の健康状態を把握しましょう。

会社でできるメンタルヘルスの対策方法

従業員のメンタルヘルス不調を予防し、不調に陥ったときも早期発見するための対策方法をまとめました。

1on1ミーティングで健康状態を確認する

東芝うつ病事件の判例からわかるように、企業側は本人からの申告がなくても従業員の不調に気づき対策を講じなければなりません。

そのためには、部下の健康管理も上司の仕事であるとみなし、確認義務を設けることが有効です。目標管理制度のもとで定期的に実施される上司と部下の1on1ミーティングにおいて、上司が部下に業務上や健康上の悩みをヒアリングする機会を設けましょう。ミーティングでは、部下の話を聞くだけではなく、顔色や表情に体調の変化が現れていないか観察するようにします。

従業員の労働環境に問題がないかモニタリングする

従業員のメンタルヘルス不調を防ぐには、労働時間や抱えている業務量に問題がないか常にモニタリングする必要があります。

残業時間が月30時間に達したら勤怠管理システムからアラートを出すなど、従業員本人が自身の労働時間を把握し業務量をコントロールできる仕組みを整えましょう。

ストレスチェックを定期的に実施する

定期的なストレスチェックを実施し、従業員本人が自分の心の状態に気づく機会を提供するとともに、必要に応じて職場環境の改善を行いましょう。

従業員の意識調査を行う手法の1つである「パルスサーベイ」も、会社に対する社員の満足度を把握するのに有効です。パルスサーベイは、5問から15問程度の簡単なアンケートを短期間のうちに繰り返すもので、集計・分析の手間を抑えて従業員の満足度をリアルタイムで把握できるメリットがあります。

メンタルヘルス対応に関して就業規則を見直す

休職制度について就業規則に規定がある場合も、改めて見直しを行いましょう。休職制度については法的なルールがなく、従業員を休職させる場合は就業規則が重要な役割を果たすためです。

例えば、会社によっては「1カ月欠勤が続いた場合に休職を命じる」というように、休職までに一定の期間を設けていることがあります。これは、精神面というより身体的な不調で欠勤が続くことを想定しているためと考えられます。しかし、このルールではメンタルヘルス不調の従業員に対してすぐに休職を命じることができません。

メンタルヘルス不調の従業員については、必要に応じていつでも休職できるよう規則を見直すのが良いでしょう。

自然退職の規定

休職後に回復する見込みがない場合のルールも明確にする必要があります。休職満了後も復職できないときは、予告期間を設けたうえで自然退職とする旨を就業規則に明記しましょう。

自然退職とは、会社や労働者の意思に関係なく自動的に契約が解除され、退職扱いになることです。

実際の流れとしては、休職期間が終了する約30日前に、休職満了しても復職できない場合は自然退職になる旨を従業員に通知します。

まとめ

企業には、従業員の安全に配慮する「安全配慮義務」があり、メンタルヘルスの不調についてもあらかじめその可能性を予測し、対策を講じなければなりません。

そのためには、日頃からストレスチェックや1on1ミーティングを行い、従業員の健康状態を把握するように努めましょう。従業員は必ずしも自分から不調を申告するとは限らないので、企業が能動的に対策を行うことが重要です。

不調者が出たら、医師の診断にもとづき速やかに対応を行います。必要な場合はすぐに休職できるよう、就業規則にメンタルヘルスに不調を抱える従業員への対応を明記しておくことも忘れないようにしましょう。