多くのリーダーが経験する1on1の悩み。「最近どう?」と切り出しても会話が続かず、ただの雑談で終わってしまう。部下の悩みを聞いても、具体的な解決に繋げられない。
今回お話を伺ったCさんも、かつてはそうした1on1の「失敗」を数多く経験してきたリーダーの一人で、現在は主に新卒や役職者向けの研修設計などを担当しています。
今回語られるのは、営業部門のリーダー時代に直面した苦い経験と、そこから試行錯誤を重ねて掴んだ「価値ある1on1」への道のりです。
一体、どのような失敗を繰り返し、どのようにその状況を打破していったのでしょうか? そして、気まずいだけの時間だった1on1を、部下の成長と信頼を育む対話へと変えるために、Cさんが実践した具体的な改善策についてお伺いしました。
「最近どう?悩みある?」をただ繰り返す1on1
ーこれまでの1on1のご経験について教えていただけますでしょうか。
はい。現在は主に新卒や役職者向けの研修設計などを担当しています。
ただ、今回お話しするのは、過去に前職で営業部門でリーダーをしていた頃の1on1の失敗談が中心になります。入社2年目くらいからリーダーを任せていただき、部下を持つようになったのですが、当時は1on1が本当にうまくいかず、たくさんの失敗を経験しました。
ー具体的には、どのような失敗があったのでしょうか。
今振り返ると、大きな失敗は2つに集約されます。1つ目は「議題がなく、ただの雑談で終わってしまう」ことでした。
当時の私自身が上司から受けていた1on1が、「最近、何か悩みある?」と聞かれるスタイルだったんです。なので、「1on1とは部下である自分の方で話したいことを準備していくものなんだ」と、それが当たり前だと思い込んでいました。
そのやり方をそのまま自分の部下との1on1に持ち込んだのですが、部下から「特に悩みはありません」と言われると、もう会話が続かない。30分という時間が決まっているので、早く終わらせるのも気まずく、必死に世間話を探して時間を繋ぐ、ということを繰り返していました。
2つ目の失敗は、「ただ悩みを聞くだけで、何も解決に導けなかった」ことです。
リーダーとして「部下のことをちゃんと認めてあげなきゃ」「悩んでいるなら聞いてあげなきゃ」という気持ちが強すぎて、ひたすら受容と傾聴に徹してしまっていました。「それは大変だね」「そう思っていたんだ」と相槌を打つだけで、自分の意見を言うのは「押し付け」になるのではないかと考えて、極力避けていたんです。
結果として、部下は話を聞いてもらって一時的にスッキリはするかもしれませんが、根本的な課題は何も解決しない。ただただ、私が悩みを聞いただけの時間になってしまっていました。部下の成長に繋がるという、最も重要な観点が抜け落ちていたのです。
ーその時の部下の方の反応は、いかがでしたか。
相手によって全く違いましたね。同性で、普段から仲が良かったメンバーとは、たとえ雑談で終わっても「楽しかったですね」とポジティブな雰囲気で終われました。
しかし、異性のメンバーや、自分よりも社会人経験の長い年上のメンバーが部下だった時は、雰囲気が違いました。口には出しませんが、「この時間、正直なところ不要ではないか」と感じているのが、態度や表情から伝わってくるんです。
その状況が毎週続くわけですから、お互いにとって良い時間ではなかったと思います。
1on1改善の転機は自分自身が「される側」になった経験
ーその厳しい状況から、どのように抜け出すきっかけを掴んだのでしょうか。
1on1が上手な上司に、自分自身が「される側」になった経験です。その方の1on1を受けた後、自分の頭の中が驚くほど整理され、スッキリした感覚があったんです。
「上手な人はこんなに違うのか」と。その体験が非常に衝撃的で、「一体、何が違ったんだろう」と、その時のやり取りを自分なりに必死で分析しました。これが、自分のスタイルを見直す大きなきっかけになりました。
ー具体的な改善策として、まず何から始めましたか。
「テーマの提供」を、すぐに自分のチームで実践しました。具体的には、1on1のテーマを月間のサイクルで設定し、事前にメンバーと共有することにしたんです。
例えば、
- 【月初】:その月の目標設定をテーマにします。「今月は何を達成したいか」「目標達成のために、私にどんなサポートを期待するか」などを話し合い、1ヶ月の方向性を共有します。
- 【月末】:その月の振り返りをテーマにします。「目標に対して、できたこと・できなかったことは何か」「その要因はどこにあったか」を一緒に分析し、成長を可視化させます。また、この時間を使って、お互いにフィードバックを伝え合うこともしています。
- 【月中の2週間】:業務上の課題やキャリアの悩み、時にはプライベートのことなど、比較的自由度の高いテーマを扱います。ただ、その場合も「もし話したいテーマがあれば考えておいてね。特になければ、こちらから業務やキャリアについて聞かせてもらうね」と事前に伝えておくことで、相手も準備をしやすくなります。
このサイクルを導入しただけで、「何を話すか」という目的がお互いに明確になり、無駄な雑談や気まずい沈黙がなくなりました。お互いに準備をして臨む、価値ある30分へと変わっていったのです。
回答が難しいキャリア相談もWill-Can-Mustで整理
ー「転職したい」といった、より難しい相談もあるかと思います。どのように対応されますか?
キャリアに関する相談は、特に難しいテーマですよね。かつての私であれば、どう答えるべきか分からず、ただ焦ってしまっていたと思います。
コーチングのスキルを学んでからは、ここでの自分の役割は「答えを提示するのではなく、対話を通じて相手自身が最良の答えを見つけ出すのをサポートすること」だと明確になりました。そのために、Will-Can-Mustのフレームワークで思考を整理する手伝いをします。
部下が「転職したい(Will)」と語った時、以前の私なら「なんで?」「うちの会社じゃダメなの?」と未来の話ばかりしてしまっていました。
しかし今はまず、「分かった。じゃあその話をする前に、一緒に君の“現在地”を確認してみないか?」と提案します。これが「Can」の整理です。
具体的には、
「今の君が、自信を持って『できる』と言えることは何?」
「逆に、自分自身の課題だと感じている『できないこと』は?」
「これまでの仕事で、一番の強みになった経験は?」
といった質問を投げかけ、本人に自身のスキルや経験を客観的に言語化してもらいます。
多くの場合、人は漠然とした憧れだけで「転職したい」と考えがちですが、自分の現在地を正しく把握しないまま新しい環境に飛び込んでも、結局は同じ壁にぶつかる可能性が高い。この現実を、対話を通じて本人に冷静に見つめてもらうのです。
現在地(Can)が明確になった上で、改めて「そのWill(やりたいこと)は、君の強みを活かせるものだろうか?」「そのWillを実現するために、今の君に足りないスキルは何だと思う?」と一緒に考えていく。
そうすると、部下の中から「確かに、今の自分のスキルではまだ足りないかもしれない」「今の業務の中でも、やり方次第で自分のやりたいことに繋げられる部分がある」といった気づきが生まれてくることが多いんです。
ー1on1の質を上げるために、どのような学習をされたのですか?
私の学びの原点は、会社の風潮もあって取得したキャリアコンサルタントの資格でした。その学習過程でコーチングの考え方に触れ、そこから興味を持って独学で書籍を読んだり、社内でコーチングが得意な方が開催する勉強会に参加したりして、知識を深めていきました。
また、エゴグラムのような性格分析の手法を学んだことも大きかったですね。自分とは違うタイプの人間が物事をどう捉えるかを知ることで、「なぜ、良かれと思った自分のアドバイスが、相手には全く響かなかったのか」その理由が分かるようになりました。
ー最後に、同じように1on1で悩んでいる方へアドバイスをお願いします。
まずは、1on1は部下のためにある時間だという認識を、部下本人としっかりすり合わせることがスタートだと思います。そして、上司はただ悩みを聞くのではなく、部下の現在地と課題を一緒に見つめ、共に解決していくパートナーであるというスタンスが何より大切です。
そのためには、やはり学び続けるしかありません。上手な人の1on1を実際に受けてみる、本を一冊読んでみる。そうしたインプットと実践を繰り返すことが、結局は一番の近道なのではないでしょうか。