このページのまとめ

  • 在籍出向とは、出向元に在籍しながら、出向先と雇用契約を結ぶこと
  • 在籍出向は、企業間の人事交流や従業員のスキルアップなどのメリットがある
  • 在籍出向を行う際には、出向元と出向先での契約内容に注意する

関連会社の支援や雇用の確保などを目的に、在籍出向が行われることがあります。従業員の成長機会創出や、企業間交流を含めて、在籍出向を検討している企業も多いことでしょう。しかし、在籍出向を行う際には、契約締結や給与支払いなどの部分に注意が必要です。このコラムでは在籍出向の目的や必要書類を解説するので、参考にしてみてください。

在籍出向とは

在籍出向とは、出向元に籍を残したまま他社に出向することです。特徴としては、従業員・出向元・出向先の3者間で雇用契約を結ぶ点です。在籍出向では、出向期間中は出向先で勤務を行いますが、出向期間を終えたあとは出向元に戻ります。また、在籍出向を行う際には、出向元と出向先の間で出向契約を結びます。

転籍出向との違い

転籍出向とは、従業員が出向元との労働契約を解除し、出向先に転籍することです。そのため、転籍出向をする従業員は、出向先のみとの雇用契約を結ぶという特徴があります。出向元と出向先の間では、転籍契約を結びます。在籍出向では従業員・出向元・出向先の3者間で雇用契約を結ぶのに対して、転籍出向では従業員と出向先の2者間で雇用契約を結ぶという違いがあります。

派遣との違い

派遣契約の場合、在籍出向と同じく、従業員・派遣元・派遣先の3者間で契約を結びます。その際、従業員と派遣元は労働契約を結びますが、従業員と派遣先では労働契約を結びません。また、派遣元と派遣先との間では、派遣契約を結びます。

クロスアポイントメントとの違い

クロスアポイントメントとは、経済産業省によると「研究者等が大学、公的研究機関、企業の中で、二つ以上の機関に雇用されつつ、一定のエフォート管理の下で、それぞれの機関における役割に応じて研究・開発及び教育に従事することを可能にする制度」です。つまり、在籍出向とは異なり、2つ以上の機関に雇用されている状態です。
また、クロスアポイントメントの場合、従業員の仕事割合に応じて、出向かどうかが決まります。仕事時間のうち、ひとつの出向先ですべての仕事を行う場合、クロスアポイントメントではなく出向に変わります。

参照元:経済産業省「クロスアポイントメント制度について

在籍出向の目的

在籍出向の主な目的は、雇用機会の確保や、従業員の能力を向上させることです。なぜ在籍出向を行うか考え、実施しましょう。注意点として、利益をあげることを目的とした出向は、禁じられています。厚生労働省が提唱する、在籍出向の目的を参考に、実施しましょう。

雇用機会の確保

在籍出向は、雇用機会の確保を目的として行われます。具体的には、人件費を削減して整理解雇を防いだり、出向先に人件費の負担を行ってもらう場合です。ほかにも、定年前後から出向させ、出向先での転籍につなげる、高齢者の再就職対策も目的のひとつです。

経営指導

子会社や関連会社の経営をサポートする目的で、出向が行われるケースもあります。また、経営不振に陥った企業をサポートする場合も、出向が活用されています。具体的なケースとしては、取締役など実力を持つ人物を出向させることや、システムを構築するためにエンジニアを出向させるケースです。

職業能力開発

従業員を成長させる、職業能力開発の一環としても出向が行われます。従業員が他社の業務に携わることで、新しい知識や技術を習得できるためです。職業能力開発の出向では、子会社から親会社に出向するケースが多くあります。

関連会社・系列会社との連携強化

関連会社やグループ会社との連携を深めるために従業員を出向させる企業もあります。出向した従業員が新しい人脈を作ることで、関連会社との取引の円滑化や、新しい取引先の発掘にもつながるでしょう。

参照元:厚生労働省「在籍型出向支援
参照元:厚生労働省「在籍型出向『基本がわかる』ハンドブック(第2版)

在籍出向を行う際の契約書類 

在籍出向を行う際には、契約を結び、契約書類での合意が必要です。従業員と出向元だけではなく、出向元と出向先との契約書も必要です。在籍出向時は次のような書類が必要になります。

出向辞令書類

出向辞令とは、従業員に対して出向命令を出すための書類です。出向させる旨を記載し、従業員に直接渡します。出向辞令の注意点としては、出向を命じる根拠を記載を行うことです。たとえば、「就業規則1条により出向を命じる」などの文言を入れましょう。加えて、出向期間や出向先の企業名なども合わせて記載しましょう。

また、企業が従業員に出向を命じる際には、従業員の同意が必要です。しかし、就業規則に出向の可能性や出向期間、待遇などが明記され、同意を得ている場合は、従業員の同意を再度得なくても出向命令が可能になります。出向を命じる際には、従業員の同意を得ているか、就業規則に明記されているかなどを確認しましょう。

出向通知書兼同意書

出向通知書兼同意書とは、出向先の情報を記載し、従業員の同意を得る書類です。従業員の同意を得て、署名をもらいましょう。また、出向元企業の名前や代表名もあわせて記載します。

出向通知書兼同意書には、次の内容を記載します。

  • 出向先の情報(企業名・所在地・事業内容・代表者名・従業員数)
  • 労働条件(出向期間・労働時間・給与・休日・有給休暇・賞与・福利厚生・社会保険)
  • 出向先の所属(部署・業務内容)
  • そのほかの特記事項

出向契約書

出向契約書とは、従業員の出向に関して、出向元と出向先で同意する契約書です。
出向契約書には、次の条項を記載します。

  • 出向元
  • 出向先企業
  • 出向者情報
  • 出向期間
  • 給与負担
  • 社会保険の負担
  • 交通費
  • 服務規定

覚書

覚書とは、出向契約書で定めた条項に関する、詳細を示したものです。実際の労働場所や業務内容、労働条件などを記述します。具体的には、次のような内容を記載します。

  • 出向者の労働場所
  • 出向者の労働内容
  • 労働条件
  • 費用の支払い方法
  • 給与と時間外費用に関して

在籍出向を受け入れる際の準備

在籍出向を受け入れる際にも、契約書や書類の準備が重要です。在籍出向に向けて、準備を行いましょう。

賃金規定

受け入れる出向社員に関する、賃金規定が必要です。出向元と出向先で、あらかじめ決めておきましょう。一般的には、出向先と出向元で、給与や賞与などの条件が違います。差額がある場合は、どちらの企業が負担するかを含めて、取り決めを行いましょう。

労働条件通知書

労働時間通知書とは、契約を結ぶ従業員に対して、交付する書類です。就業場所や業務内容、出向期間などの労働条件を明記します。労働条件通知書の発行義務は、労働基準法第15条によって定められています。出向社員の場合も、同様に必要になるため、覚えておきましょう。労働条件通知書の作成に関しては、出向元、出向先のどちらが発行しても問題ありません。

参照元:e-Gov法令検索「労働基準法

出向社員への給与負担

出向を行う場合、出向社員の給与負担の扱いを定める必要があります。出向する従業員の給与負担に関して、明確な法律がないためです。出向社員に給与を支払う場合には、「直接支給」と「間接支給」があるため、覚えておきましょう。
まず、直接支給とは、出向先企業が給与を支給し、差額を出向元が補填するパターンです。一方で、間接支給とは、出向元企業が給与を支給し、出向先企業が出向元に対して、給与負担金を支払います。直接支給と間接支給によって、社会保険料の負担が変わるため、注意しましょう。

雇用保険

雇用保険に関しては、直接支給を行う場合、出向先の負担になります。間接支給の場合は、支払額が多い企業が負担するため、覚えておきましょう。出向先と出向元の両方が給与負担を行っている場合、どちらが支払うか確認しておきましょう。

健康保険・厚生年金保険

健康保険と厚生年金は、直接給与を支払っている企業が負担します。そのため、直接支給の場合は出向先が負担し、間接支給の場合は出向元の負担です。注意点としては、出向先と出向元が、それぞれ給与を支払っている場合です。出向先と出向元それぞれで被保険者となる条件を満たす場合は、二以上事業所勤務届の届出を「主たる事業所を管轄する年金事務所・健康保険組合」に届け出る必要があります。この「主たる事業所」は、労働者本人が選択することができます。

参照元:厚生労働省「在籍型出向「基本がわかる」ハンドブック(第2版)

労災保険

労災保険に関しては、出向先が負担を行います。労働契約法第5条に、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められているためです。給与支払いの有無に関わらず、出向先が負担をすると覚えておきましょう。

参照元:e-Gov法令検索「労働契約法

残業代

残業代に関しては、出向元の規定に従って支給します。注意点としては、労務管理の観点では、支給形態によって扱いが複雑化します。直接支給の場合は出向元の規定で問題ありませんが、間接支給の場合は、出向先は時間外労働の扱いを出向元に共有する必要があります。残業代を出向元と出向先のどちらが支払うかは、出向契約書で定めておきましょう。

賞与

賞与の支払いも、出向元の規定に従って支給を行います。しかし、出向元の規定では、出向先の支払いが困難なケースもあるでしょう。その場合、出向元が、出向先が支払いできない額を補填します。また、出向元が負担する賞与額は、課税対象外になるため覚えておきましょう。

参照元:国税庁「第9款 転籍、出向者に対する給与等

在籍出向時の注意点

在籍出向を行う場合、契約違反などに注意しましょう。在籍出向でよくある注意点を解説するため、参考にしてください。

労働契約

在籍出向を命じる場合、労働契約を守りましょう。基本的には、次の3つに注意します。

  • 出向者と契約を結ぶ際、出向命令に関する記載を行う
  • 出向先での労働条件を明確にする
  • 法令違反や権利濫用を起こさない

労働組合の活動を阻害したり出向者の思想信条にそぐわない命令を行うことは、法律に抵触します。
労働契約法第14条に明記されているように、ハラスメントをはじめとする出向先の問題点を告発した従業員を出向させることは、権利濫用にあたる可能性があります。また、持病持ちで肉体労働が難しい従業員を肉体労働が必要な企業に出向させる場合も、権利濫用に該当する可能性があるため注意しましょう。

参照元:e-Gov法令検索「労働組合法
参照元:e-Gov法令検索「労働基準法
参照元:e-Gov法令検索「労働契約法

労働者供給事業の禁止

出向を行う際には、労働者供給事業の禁止を守りましょう。労働者供給事業の禁止とは、「出向を利益を得る事業として行ってはならない」ことを定めた法律で、職業安定法第44条に記載されています。

参照元:e-Gov法令検索「職業安定法

就業規則の適用

出向社員は、出向先と出向元、両方と雇用関係を結びます。そのため、両社の就業規則が適用されることを覚えておきましょう。しかし、企業毎に就業規則は異なるため、矛盾が発生するケースもあります。出向社員が混乱しないように、出向先と出向元、どちらの就業規則を適用するか、事前に定めておきましょう。

まとめ

企業同士の交流や人材育成、経営支援など、さまざまな目的で在籍出向が活用されます。出向社員は能力や技術を成長させ、出向先は経営を回復できるなどのメリットがあるからです。在籍出向の注意点として、契約や労働条件が複雑化することを覚えておきましょう。特に、就業規則の適用や労働条件、保険料の支払いは、あらかじめ定めておくことが重要です。法律に基づき、正しい契約を結んでから、在籍出向を行いましょう。