ビジネスの現場では「KPI(重要業績評価指標)」という言葉を耳にする機会が増えています。ですが、KPIを単なる数値目標と捉え、うまく活用できていないケースも少なくありません。
本記事では、KPIの基本やKGIとの違い、設計と運用のポイント、管理職が意識したい行動指針についてわかりやすく解説します。KPIを戦略を実行に移すためのツールとして使い、組織の成果を伸ばしていきましょう。
KPIとは?

KPIとは「重要業績評価指標(Key Performance Indicator)」の略で、組織が目標に向かってどれだけ前進しているかを示す数字です。1990年代、ハーバード大学のロバート・キャプランらが提唱した「バランス・スコアカード」の考え方から広まりました。今では、多くの企業や組織がKPIを成果を評価する指標として取り入れています。
KPIには、売上や利益といった財務指標に加え、顧客満足度や業務プロセスなどの非財務指標も含まれます。これにより、組織の活動を幅広く捉え、目標達成に向けた進捗を具体的に把握できます。
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局のガイドラインでも、KPIは「目標達成のための取組の進捗状況を定量的に測定する指標」と定義されています。
また、米国のマーシャル大学の資料では、KPIを「組織全体の進捗を示し、成功にとって重要な指標」と説明。将来の成果を予測する「先行指標」として設計することが望ましいとされています。
さらに、KPIに関する情報を提供するKPI.orgも「KPIは単なる数字ではなく、戦略目標に直結する重要な指標であるべき」と述べています。
なお、近年話題のOKR(Objectives and Key Results)とは異なり、KPIはより定量的かつ中長期的な成果管理に用いられます。
参考:
Harvard Business School Online “What Is a Balanced Scorecard?”
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局「令和3年度 地方創生に係るKPI設定・活用ガイドライン」
Marshall University “Key Performance Indicators (KPI) MUBOG Retreat 2014_10_31”
KGIとKPIの違い

KPIは、最終目標であるKGI(Key Goal Indicator)の達成に向けた途中の指標です。KGIは「組織が最終的に達成したい成果」を示し、KPIはその成果につながるプロセスの進捗を測ります。
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局のガイドラインでも、KPIの目標設定時には「各KPIが基本目標(KGI)ときちんと結び付いているか」を確認することが大切とされています。
管理職は、KPIを決めるときに部門やチームの最終目標(KGI)を意識し、組織全体の成果としっかりリンクさせる視点が求められます。目標を数値で示すことで、経営層と現場の間で共通の理解が生まれ、意思疎通や戦略の共有がスムーズになります。
また、経済産業省の報告によると、DX認定企業の81%がKPIとKGIを連動させ、企業価値向上に関するKPIを外部にも開示していると報告されています。KPIを戦略と結び付けて運用すれば、経営方針を現場での行動指針として具体的に落とし込めます。
参考:
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局「令和3年度 地方創生に係るKPI設定・活用ガイドライン」
経済産業省「2024年版 デジタルトランスフォーメーション(DX)銘柄選定および企業のDXの取組状況分析」
KPIの重要性と役割

KPIは、組織の成果向上に欠かせない要素です。KPI.orgでは「KPIは目標達成に向けた進捗を示す重要な指標で、パフォーマンス向上と目標達成を実現するために使われる」と説明しています。以下では、KPIの役割と重要性について詳しく解説します。
KPIで業務効果を可視化する
多くの組織が、KPIをパフォーマンス評価の基盤として活用しています。目標を数値で管理することで、日々の活動と最終的な成果を結び付け、業務の効果を「可視化」できます。この見える化が、経営判断の土台にもなります。
ボトルネックを発見し、改善を促す
経済産業省の調査によれば、先進的な企業ではKPIによる進捗管理が日常的に行われています。特にDX認定企業では、KPIを共有し、その情報に基づいて迅速な経営判断を下しています。目標を定量的に管理することで、業務プロセスの中でボトルネックを特定し、改善の優先順位を付けやすくなります。
例えば営業部門では、売上目標(KGI)に対してリード数や受注率といったKPIを設定することで、どこに課題があるのかをチーム全体で共有できます。
KPIは改善文化を支える
バランス・スコアカードに関する研究と実践方法を提供するBalanced Scorecard Instituteでは、「Measure-Perform-Review-Adapt(測定→実行→評価→適応)」というサイクルを提唱し、KPIを定期的に見直し、改善する手法を紹介しています。
また、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のビジネス系研究機関であるMITスローン・マネジメント・レビュー(MIT Sloan Management Review)の調査では、約7割の企業が「KPIを進化させ続けることが経営成功にとって重要」と回答しています。
目標を決めたら終わりではなく、定期的に結果を確認し、失敗から学びながら改善を重ねる文化を築くことが、成果向上のカギとなります。
参考:
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局「令和3年度 地方創生に係るKPI設定・活用ガイドライン」
経済産業省「2024年版 デジタルトランスフォーメーション(DX)銘柄選定および企業のDXの取組状況分析」
Balanced Scorecard Institute “How to Develop KPIs”
MIT Sloan Management Review “Improve Key Performance Indicators With AI”
KPI設計のポイント

KPIを効果的に活用するには、適切な設計が欠かせません。以下では、KPIを設定する際に押さえるべきポイントについて詳しく解説します。
戦略と目標に整合させる
まず重要なのは、KPIを組織の戦略や最終目標(KGI)としっかり整合させることです。
例えば、企業のKGIが「年間売上10億円達成」であれば、営業部門では「月間新規顧客数」「リードから受注への転換率」、カスタマーサポート部門では「顧客満足度スコア」などのKPIを設定します。
最終目標から逆算し、各部門や業務がどのように成果に貢献するかを明確にするため、KPIツリーなどの手法が役立ちます。
SMART原則に基づいて設計する
KPIは「SMART原則」に沿って設計すると、測定しやすく実効性の高いものになります。SMART原則とは、Specific(具体的)、Measurable(計測可能)、Achievable(達成可能)、Relevant(関連性がある)、Time-bound(期限設定型)の5つの基準です。
例えば「新規顧客を増やす」では曖昧なので、「来月までに新規顧客を20件獲得する」といった具体的な指標にするのが望ましいとされています。
この考え方は、米国ミネソタ大学大学院の資料でも、KPI設計時の基本的な指針として紹介されています。
多面的な視点から指標を検討する
さらに、バランス・スコアカードの考え方も参考になります。ハーバード大学が提唱したこの手法では、財務だけでなく顧客視点(例:顧客満足度)、業務プロセス視点(例:製造不良率や納期遵守率)、学習と成長視点(例:社員の研修受講率や従業員エンゲージメントスコア)などの非財務的なKPIも重視します。
こうした多面的な観点からKPIを設定すると、売上や利益だけでは把握できない重要な改善ポイントも可視化できます。
シンプルで現実的な指標にする
KPIはできるだけシンプルにし、数も絞り込むことが重要です。例えば営業部門のKPIに「アポ取得数」「提案件数」「受注件数」「平均単価」「利益率」「顧客満足度」などを全部盛り込むと、現場が混乱します。
このため、部門ごとに本当に重要な2〜3項目程度に絞るのが現実的です。ミネソタ大学大学院の資料でも、KPIは過去実績や業界平均と比較して達成度を判断できる指標にすることが推奨されています。
測定ルールと報告方法を明確にする
KPIを社内で承認し、「誰が、いつ、どのように測定し、どこに報告するのか」というルールを明確に定めることも欠かせません。これにより、運用段階での混乱やブレを防ぐことができます。
達成可能でチャレンジングな目標を設定する
目標水準は、簡単すぎず、適度にチャレンジングであることが求められます。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局のガイドラインでも、KPIの目標値を低く設定しすぎないよう指摘されています。
例えば、前年売上が1億円なら「前年比115%」といった、やや高めだが現実的に達成可能な目標が適切です。
本当に重要な指標に絞り込む
最後に、設定するKPIの数は最小限に絞り、組織やチームが本当に注力すべき指標だけを採用します。KPIが多すぎると、焦点がぼやけ、メンバーがどこに注力すべきか分からなくなります。進捗状況をメンバー全員が常に把握できる数に留めましょう。
参考:
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局「令和3年度 地方創生に係るKPI設定・活用ガイドライン」
Harvard Business School Online “What Is a Balanced Scorecard?”
KPI運用とPDCA

KPIは設定して終わりではありません。設定後の運用と継続的なレビューこそが、目標達成への鍵を握ります。以下では、KPI運用の具体的な方法とPDCAサイクルの活用について、わかりやすく解説します。
KPIはどのように測定・共有すればよいか?
設定したKPIは、月次や週次などの決まったタイミングで測定し、関係者と共有することが重要です。
例えば営業部門なら、「毎週の商談件数」や「月間の受注率」をチームミーティングで確認します。
最近では、BIツール(Business Intelligenceツール)やダッシュボードを活用して、リアルタイムでKPIを可視化する企業が増えています。これにより現場でも簡単に進捗を確認でき、上司への報告の手間も減らせます。
KPIの可視化には何を使うと効果的?
BIツールや社内ダッシュボードを使えば、KPIをリアルタイムで可視化できます。また、各部門の達成率グラフを全社で共有することで、部門間の相対評価や他部署との連携も進みます。
例えば、営業・マーケティング・カスタマーサポートの各部門がKPI進捗を一目で確認できる環境を整えれば、部門間の協力もしやすくなります。
なぜPDCAや「Measure-Perform-Review-Adapt」サイクルが必要?
Balanced Scorecard Instituteは、「Measure-Perform-Review-Adapt(測定→実行→評価→適応)」というサイクルを提唱しています。これは、PDCA(Plan-Do-Check-Action)と似た考え方で、KPIを定期的に見直し、改善につなげる運用を意味します。
例えば、営業チームで「月間受注率50%」というKPIを設定していた場合、達成できなければ「見込み顧客の質」「提案内容」などの要因を分析し、改善策を検討します。
KPIの達成度や課題をどうチームで話し合う?
管理職は、KPIの結果をチーム全体にわかりやすく可視化し、達成度や課題について現場とともに振り返る必要があります。
例えば、月次ミーティングで進捗グラフを確認し、未達成部分について原因を話し合い、改善策を決めます。このプロセスにより、メンバーが目標と課題を共有し、チーム全体で成果向上に取り組む文化が生まれます。
KPIの目標はどのように見直すべき?
MITスローン・マネジメント・レビューの調査では、約7割の企業が「KPIを進化させ続けることが経営成功に不可欠」と考えていると報告されています。
一度設定したKPIでも、状況や市場環境の変化に応じて定期的に見直し、必要に応じて目標や指標を修正することが大切です。
参考:
Balanced Scorecard Institute “How to Develop KPIs”
KPI活用の注意点

KPIを活用する際には、いくつかの落とし穴や注意すべきポイントがあります。ここでは特に重要な点を、具体例とともに紹介します。
KPIではない指標を混ぜない
マーシャル大学の資料でも指摘されているとおり、「参考データ」や「他社が使っているから設定した指標」、「自部門ではコントロールできない指標」は、KPIに含めるべきではありません。
例えば「業界全体の景気動向」や「競合他社の売上成長率」は重要な参考情報ですが、自部門の努力で直接改善できるものではありません。そのため、KPIには「目標達成に直結し、自部門で改善可能な指標」のみを選定することが重要です。
KPI至上主義に陥らない
数値目標にこだわりすぎると、短期的な結果ばかりを追ってしまい、長期的な成長や顧客満足を犠牲にするリスクがあります。
例えば、カスタマーサポートで「1件あたりの対応時間を短縮する」というKPIを重視しすぎた結果、対応が雑になり顧客満足度が下がってしまうケースもあります。KPIはあくまで「プロセス改善の材料」として活用し、数字達成を目的化しないよう注意が必要です。
数値操作のリスクに注意する
過剰なプレッシャーがかかると、メンバーが不正確なデータを報告したり、数値を都合よく解釈するリスクもあります。
例えば営業部門で、未確定の案件も受注見込みとしてカウントしてしまうと、後になって目標未達が発覚するケースがあります。KPIの数値は「正確性」と「透明性」を重視し、適切なモニタリング体制を整えることが大切です。
目標が簡単すぎると形骸化する
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局のガイドラインでも、簡単に達成できるKPIは意味を持たないと指摘されています。
例えば「前年比売上1%増」のような容易すぎる目標では、KPIが単なる報告用の数字になってしまい、改善の動機付けにはなりません。目標は適度にチャレンジングで、達成可能な水準に設定することが必要です。
KPIの数を増やしすぎない
あれもこれもと多くのKPIを設定すると、焦点がぼやけてしまいます。メンバーが何を優先すればよいのか分からなくなり、業務効率が下がります。
例えば営業部門で「新規顧客数」「受注率」「平均単価」「アップセル率」「顧客満足度」「リピート率」など多数のKPIを設定すると、メンバーの注意が分散してしまいます。設定するKPIは、本当に重要な指標に絞り込み、メンバーが常に進捗を把握できる範囲に留めることが重要です。
参考:
Marshall University “Key Performance Indicators (KPI) MUBOG Retreat 2014_10_31”
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局「令和3年度 地方創生に係るKPI設定・活用ガイドライン」
管理職が取るべき行動指針

KPIを効果的に活用するためには、管理職がどのように行動し、チームを導くかが重要です。以下では、管理職が実践すべき行動を具体例とともに解説します。
KPIは必ず現場と共有し、対話をリードする
KPI.orgでも「KPIはパフォーマンス向上と目標達成のために用いられる」と説明されている通り、KPIはチームの行動や意思決定の道しるべです。管理職がKPIを現場と共有し、数字に基づいた対話を手動することで、メンバーが目指すべき方向を理解できます。
例えば営業チームでは毎週のミーティングで「受注率」や「新規リード数」のKPIを確認し、未達成部分の原因と改善策を話し合います。これにより、メンバーは自分の貢献が組織成果につながっていることを実感できます。
KPIと評価・報酬制度を適切に連携させる
達成度に応じた報奨や表彰制度を導入することで、メンバーのモチベーション向上が期待できます。営業部門ではKPI達成者にインセンティブや表彰を用意する施策が効果を上げています。
ただし、KPIを評価の材料としてだけ使うのではなく、現場の学習と成長の機会としても活用する姿勢が重要です。
KPIの「意味」と「背景」を必ず説明する
KPIの背景や意味を理解しないままでは、メンバーが単なる数字達成にばかり意識を向けてしまいます。管理職自身がKPIの目的と組織戦略との関わりを理解し、部下に納得感を持って説明することが大切です。
例えば、顧客満足度をKPIに設定する場合、「この指標はリピート率やブランドロイヤルティ向上につながり、中長期の売上成長に直結する」と説明すれば、メンバーも重要性を理解しやすくなります。
KPIを戦略実行のツールとして日常的に活用する
管理職自身がKPIを日々の業務や会議で意識し、メンバーとの対話や意思決定に活かすことで、KPI活用が自然とチーム文化として根付きます。
成功事例だけでなくKPI未達のケースもオープンに議論し、チーム全体で原因と改善策を考えることで、挑戦と改善を前向きにとらえる文化が育ちます。
参考:
KPI.org “KPI Basics”
Balanced Scorecard Institute “What Is a KPI?”
まとめ
KPIは、単に進捗を測る数字ではなく、管理職がチームを導くための「羅針盤」です。目標に向かって何を優先し、どこを改善すべきかをチーム全体で共有できる強力なツールになります。
しかし、KPIは設定するだけでは十分ではありません。チームと対話しながらKPIを運用し、状況に応じて見直す姿勢が求められます。うまく活用すれば、数字の達成状況だけでなく、現場の課題を可視化し、改善の方向性を明確にする手段としても機能します。
まずは、自部門で実践的なKPIを設定し、定期的に進捗状況と改善策をチームで話し合うことから始めてみましょう。この積み重ねが、確実な成果向上とチームの成長につながります。