「自分の仕事が忙しくて、部下に仕事を教える時間がない…」
「従業員を効率よく指導・教育するコツを知りたい…」
このような悩みをもつ管理職も多いでしょう。従業員の指導・教育を担当する場合、自分の通常業務に加えて、仕事を教える時間を確保しなければなりません。
本記事では、時間が限られている中で効率的に仕事を教えるコツについて解説します。自身の仕事と従業員の指導・教育を両立させたい方は、ぜひ参考にしてください。
「仕事を教える時間がない」は人材育成におけるよくある課題
従業員を育成するにあたって、多くの企業では「仕事を教える時間がない」という課題を抱えています。厚生労働省が国内の企業・事業所を対象に実施している「能力開発基本調査」でも、人材育成に関する問題点について、47.6%が「人材育成を行う時間がない」と回答しています(下表参照)。
▼人材育成に関する問題点の内訳
問題点 | 回答割合 |
---|---|
指導する人材が不足している | 57.1% |
人材を育成しても辞めてしまう | 53.2% |
人材育成を行う時間がない | 47.6% |
鍛えがいのある人材が集まらない | 27.3% |
育成を行うための金銭的余裕がない | 14.5% |
従業員の指導・教育を担当する者は、自分の通常業務に加えて、仕事を教える時間を確保しなければなりません。一昔前であれば、仕事が終わらなければ残業したり休日出勤したりすることで、何とか終わらせることも可能だったかもしれません。
しかし、近年では時間外労働に関する規制が厳しくなっており、実際に2012年には46時間だった月間平均残業時間が、2021年には24時間と、10年間で約半分になったとされています(オープンワーク株式会社の調査より)。残業時間が10年間で半減した背景には、労働環境の改善や働き方改革の推進がありますが、この流れが進む一方で、部下の指導時間を捻出する難易度が高まっているのも事実です。
参考:
厚生労働省「令和5年度「能力開発基本調査」の結果を公表します」
OpenWork「残業と有休 10年の変化(vol.91)」
仕事を教える時間が足りない原因
従業員に仕事を教える時間が足りなくなる原因として、考えられるパターンを2つ紹介します。
人手が足りていない
まず考えられるパターンとして、業務量に対して人手が足りておらず、仕事を教える時間が本当にないケースが挙げられます。
帝国データバンクの調査によると、正社員の人手が不足していると感じている企業の割合が51.4%にのぼるとされています(非正規社員は30.7%)。以下は、人手不足になる原因として、同調査で実際に挙げられた意見です。
- 条件に見合った人材から応募がない(54.6%)
- 業界の人気がない(45.4%)
- 企業の知名度が低い(42.2%)
- 労働環境が厳しいと受け止められる(37.2%)
- 賃金や賞与などに満足が得られない(35.7%)
人手が不足しているのであれば、より多くの人材を雇用することがベストな解決策だと考える方もいるかもしれません。しかし上記を見ると、人手不足に悩む企業はそもそも「採用活動の時点で人材が集まらない」ケースが多く、短期的に解決できる問題ではないといえます。
そのため、本記事では人手が限られていることを前提に、従業員を効率的に指導・教育するためのコツを解説します。
時間管理に問題がある
本当は時間が十分にあるものの、時間管理のやり方に問題があり、結果的に仕事を教える時間がなくなってしまうパターンも考えられます。
Job総研が社会人男女を対象に実施した「人材育成の意識調査」によると、60.5%が「職場に人を育てる環境があると思う」と回答しています。この結果を見ると、多くの企業では人材育成の重要性を理解し、育成環境を整えていることがわかります。つまり、「仕事を教える時間がない=会社のせい」とは限らず、教える側が限られた時間を適切に活用できていないケースも考えられるのです。
先ほども述べたように、人手が不足しているからといって、新しい人材を雇うのは決して簡単なことではありません。したがって、従業員の育成に時間が割けていない場合、まずは時間管理のやり方に問題がないかをチェックし、限られた時間の中で指導・教育を行う策を考えるべきだといえます。
参考:
帝国データバンク「企業における人材確保・人手不足の要因に関するアンケート」
Job総研「『2024年 人材育成の意識調査』を実施しました」
従業員への指導・教育が不十分だとどうなる?
以下は、従業員が十分な指導・教育を受けられなかった場合に、起こりうる悪影響について調査した結果をまとめたものです(ハーバード・ビジネス・レビューの記事を参照)。
◆能力開発の機会を十分に与えられた従業員は、そうでない者と比べて
- エンゲージメントが15%高い
- 定着率が34%高い
◆学習する文化が根付いている職場の従業員は、そうでない者と比べて
- 新商品や技術を開発する確率が92%高い
- 生産性が52%高い
- 製品やサービスをいち早くリリースする確率が56%高い
- 利益率が17%高い
- エンゲージメントや定着率が30~50%高い
上記の結果から、従業員への指導・教育が不十分な場合、彼らのモチベーションや仕事のパフォーマンス、定着率などに悪影響をおよぼす恐れがあるとわかります。逆に、十分な指導・教育を受けられた従業員は「会社から大切に扱われている」ことを実感でき、より「会社のために尽くそう」と努力するようになると期待できます。
参考:
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「従業員の能力開発を通じて定着率を高める3つの方法」
限られた時間で仕事を教えるために必要な能力
従業員を育成するためには、限られた時間をうまく管理し、効率よく仕事を教えることが重要です。ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されている記事によると、時間管理をする上では以下の3つの能力が必要とされています。
- 認識力:自分の時間を把握し、優先順位を明確にする
- 段取り力:教える内容をタスクとして整理し、順序立てて進める
- 適応力:予期せぬ事態にも柔軟に対応できる準備をする
上記それぞれの能力について、詳しく解説します。
認識力:自分の時間を把握し、優先順位を明確にする
認識力(awareness)とは、時間が限られているリソースであることを理解し、適切に扱う能力を指します。
▼認識力を高めるポイント
ポイント | 概要 | 具体例 |
---|---|---|
パフォーマンスのピーク時間を見つける | 1日を3~4つの時間帯に区切り、仕事のパフォーマンスが最大となる時間帯を把握する | 定型業務を日によって別の時間帯で実施し、時間帯ごとの生産性を測定する |
時間予算を設定する | 時間予算とは、日常的な時間の使い方を細かく決めたもの。時間予算は「固定時間(必ずやること)」と「自由裁量時間(やりたいこと)」に分ける | 1日のうち、30~1時間を自由裁量時間として、キャリアアップのための勉強にあてる |
タスクに期限を設ける | タスクはすべて所要時間を見積もった上で、明確な期限を設ける。また、それぞれに費やした時間も記録する | とくに締め切りが設けられていない長期的なプロジェクトにも期限を設けて、期限内に完了できるようスケジュールを組む |
所要時間の見積もりの精度を評価する | 各タスクを終えるごとに、想定した所要時間と実際にかかった時間を比較する | A社との商談が1時間で終わると想定していたが、実際は1時間30分かかった。今後商談の所要時間を見積もる際は、15~30分程度のマージンを取る |
未来志向を持つ | 将来的にありたい姿や残したい結果から逆算し、現在取るべき行動を決める | 5年以内にリーダーとしてチームを引っ張ることを目指し、マネジメントに関する書籍を読んだり、リーダー研修に参加したりする |
段取り力
段取り力(arrangement)とは、限られた時間を最大限有効活用するための能力を指します。
▼段取り力を高めるポイント
ポイント | 概要 | 具体例 |
---|---|---|
タスクに優先順位をつける | タスクを「緊急度」と「重要度」の2軸で分類する。緊急度が高いものは早急に取り掛かる必要があり、重要度が高いものは組織に長期的な利益をもたらす。至急かつ重要なタスクから取り掛かるのが理想的 | 月末提出期限の財務報告書の作成(緊急かつ重要)→取引先への連絡(緊急だが重要度は中程度)→新プロジェクトの戦略立案(重要だが緊急ではない)→メールチェック(緊急ではなく重要度も低い)の順に取り掛かる |
タスク管理ツールを利用する | スケジュールやタスクが決まったら、逐一記録する。色やラベルで識別しやすくし、抜け漏れを防ぎ、優先順位をつけやすくする | タスクの進行状況を「To Do」「In Progress」「Done」のように視覚的に表示することで、進捗を一目で把握できるようにする |
自分のための時間をつくる | 誰にも邪魔されずに、自分にとって重要なタスクに専念できる時間を確保する | 午前中にもっともパフォーマンスを発揮できるため、8~10時は自分の重要業務に専念する時間として、スケジュールに組み込む |
所要時間の見積もりをチェックしてもらう | 事前に第三者からフィードバックをもらい、想定した所要時間と実際にかかる時間の差を極力小さくする | 大規模なプロジェクトの計画を立てたら、上長や経験豊富なメンバーにスケジュールをチェックしてもらう。そのフィードバックをもとに計画を修正してから、実際の作業に移る |
ハビットスタッキングを実践する | すでに行っている習慣に、新たな習慣や行動を重ね合わせる | 毎朝始業後にコーヒーを飲むタイミングを、部下とコミュニケーションを取る時間とする |
適応力
適応力(adaptation)とは、目標や計画に問題が生じた際に、適切に対処する能力を指します。
▼適応力を高めるポイント
ポイント | 概要 | 具体例 |
---|---|---|
短時間の集中をくり返す | タスクが大きくやる気を失いそうな場合は、15~30分程度の短い間隔で全力で取り組む | ボリュームの大きい資料を作成する際に、25分間作業→5分間休憩のサイクルをくり返し、集中力を維持する |
緊急時の対応策を準備しておく | 計画の立案時点では、最良のケースと最悪のケースの両方をシミュレーションする | 新商品開発プロジェクトについて、最悪のケースとして「重要な部品の供給が遅れる」「テスト中に重大なバグが発見される」などのシナリオも想定し、それぞれの具体的な対応策を事前に準備しておく |
目標を適宜調整する | 目標達成が難しい、もしくは簡単すぎると感じる場合は、より適切なハードルを設定し直す | 3ヶ月以内の部下の独り立ちを目指していたが、部下の能力が想像以上に高いため、次回の商談から1人で挑戦させ、自分はサポートに回る |
サンクコスト効果を避ける | サンクコスト効果とは、すでに費やした労力や時間を惜しむあまり、本来はやめておいた方がいいことを続けてしまう心理を指す | 3年間一向に売上が伸びない商品について、市場の需要や商品のポテンシャルを再評価し、見込みがないと判断してプロジェクトを中止する |
参考:
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「時間管理はライフハックを極めてもうまくいかない」
仕事を教える時間がどうしても足りない場合の対処法
どれだけ時間管理能力が優れていても、繁忙期などで自分の仕事が忙しく、従業員に仕事を教える時間がどうしても確保できない場合もあるでしょう。そのようなときでも、自らの時間を犠牲にすることなく、従業員に十分な指導・教育を行う方法について紹介します。
ある程度は自分で学習させる
会社で働く上で覚えるべきことはたくさんあり、それらを一から十まですべて教えるのは大変です。そのため、ある程度は従業員に自分で学習させることが大切です。たとえば、データ入力や経費精算などの定型業務であれば、マニュアルを共有し手順通りに実施させることで、指導にかかる時間を大幅に短縮できるでしょう。
ただし、従業員の自学自習に頼りすぎると、彼らは「放置されている」と感じてモチベーションが低下する恐れがあります。したがって、「わからないことがあれば質問してね」「どこまで進んだ?」などの声かけをこまめに行い、彼らを気にかけていることを示すことが重要です。
社内外の研修に参加させる
従業員に仕事を教える手間を省くために、社内外で開催される研修に参加させるのも有効です。
たとえば、ビジネスマナーは部署に関係なく全社員に必要不可欠な知識だが、マニュアルを読むだけで簡単に習得できるものでもありません。かといって、従業員一人ひとりに教えるのは大変です。このような知識は研修に参加することで、「参加者全員が体系的に習得できる」ため、個別に指導する手間が省ける点が大きなメリットといえます。
ただし、研修はただ受講するだけでは意味がなく、「学んだ内容をいかに実務に活かせるか」が大切です。研修の効果を最大限に高めるポイントについて知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。
業務効率化ツールを活用する
近年ではAI技術の目覚ましい進歩も相まって、各社がさまざまな業務効率化ツールを開発・提供しています。これらのツールを活用し、自分の通常業務を効率化したり、従業員の指導・教育にかかる手間を省くのも一つの手です。
たとえば、LINEヤフー株式会社ではエンジニアを対象にAIプログラミングツール(GitHub社製)を導入したところ、1人あたりのコーディング時間が約1~2時間削減されたといいます。また株式会社ACESでは、録画や文字起こしを一元的に担う独自開発のAIツールを導入し、録画した商談を新入社員の研修やOJTに利用することで、OJTの育成工数を50%、ロープレの工数を60%削減したとのことです。
もちろん、ツールの導入にはある程度費用がかかります。しかし、ツールによって業務が効率化され、生産性が向上すれば、結果的にはプラスになる可能性も期待できます。
参考:
PR TIMES「株式会社9E、「ACES Meet」の導入でOJTの期間が1/4に短縮〜リモート環境で新人育成ができる体制を確立〜」
LINEヤフー「LINEヤフーの全エンジニア約7,000名を対象にAIペアプログラマー「GitHub Copilot for Business」の導入を開始」
まとめ
限られた時間で効率的に仕事を教えるコツや、指導・教育する時間がどうしても足りない場合の対処法について解説しました。
従業員の指導・教育を担当する場合、自分の通常業務に加えて、仕事を教えなければなりません。従業員の育成に時間が割けていない場合は、まず時間管理に問題がないかをチェックし、限られた時間の中で指導・教育を行う策を考えるべきといえます。
本記事で紹介したポイントをふまえ、自身の仕事と従業員の指導・教育の両立を目指してください。