2019年に始まった「働き方改革」により、労働者に対して長時間労働を強いることが厳しくなりました。
その結果、働き方改革の適用外となる管理職の中には「働き方改革が進んだことで、かえって負担が増えている…」と感じる人も少なくないのではないでしょうか。
本記事では、働き方改革によって管理職に生じた負担を軽減するコツについて解説します。
長時間労働を強いられることなく、効率的に業務を処理できるようになりたい方は、ぜひ参考にしてください。
働き方改革とは?

「働き方改革」とは、「労働者がそれぞれの事情に応じて、多様で柔軟な働き方を自分で選択できる社会」を実現するための取り組みです。
働き方改革の目的は多岐にわたり、中でもとくに重要なのが「長時間労働の是正」です。
日本は世界的に見ても労働時間が長く、長時間労働による過労死や健康問題が深刻な社会問題となっていました。さらに近年では、育児や介護といった個々の事情に合わせて、仕事とプライベートを両立させたいというニーズも高まっています。
このような背景から、労働者の健康を守り、ワークライフバランスの実現を目指すために、働き方改革はスタートしたのです。
働き方改革ではさまざまなルールが設けられており、管理職にも大きく関係するものでいえば、以下の3つが挙げられます。
- 長時間残業の規制:残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間までとする
- 有給休暇取得の促進:最低年5日の有給休暇の取得を義務づける
- 勤務間インターバル制度の導入:一日の勤務終了後、翌日の出社までの間に、一定時間以上の休息時間を確保する
働き方改革は管理職にも適用される?
働き方改革が管理職に適用されるかどうかは、その管理職が労働基準法上の「管理監督者」に該当するかどうかによります。
管理監督者とは、「労働条件の決定その他労務管理について、経営者と一体的な立場にある者」と定められています。
言い換えれば、「課長」や「店長」といった役職が与えられていても、経営者と同等の権限を持っていない場合は、管理監督者とはみなされない可能性が高いです。
管理監督者に該当する場合、労働時間の上限などが適用されず、働き方改革は対象外となる部分が多くなります。
一方で、管理監督者に該当しない管理職の場合は、働き方改革の対象となります。
なお、本記事における「管理職」は、労働基準法上の「管理監督者」を指すこととします。そのため、「管理職には働き方改革は適用されない」という前提のもと、よくある問題とその解決策について解説します。
参考:
働き方改革で管理職に求められる役割

働き方改革が社会に浸透していく中で、管理職に求められるようになった役割について解説します。
働き方改革の内容を部下に周知する
管理職は働き方改革の内容について、あらかじめ部下に周知しておくことが求められます。
部下が働き方改革について理解していなければ、長時間労働が蔓延しやすいだけでなく、組織全体が損害を被るリスクがあるからです。
たとえば、とある部下が与えられた仕事を、納期までに終えられない状況になったとします。このとき、部下の働き方改革に関する理解が不十分だと、管理職に相談することなく、自身の判断で労働時間の上限を超えて残業をしてしまうかもしれません。
その結果、たとえ管理職が強制したわけではなくても、部下が長時間労働を強いられたとみなされ、企業や管理職自身が責任を問われる可能性もゼロではありません。
以下は、日本労働組合総連合会が社会人男女を対象に行った調査結果の一部で、「働き方改革で導入された労働時間ルールの認知状況」についてまとめたものです。
項目 | 認知割合 |
---|---|
時間外労働(残業)の上限規制 | 68.9% |
年次有給休暇5日取得の義務化 | 76.4% |
勤務間インターバル制度の導入促進 | 38.4% |
この結果を見ても、部下全員が働き方改革の内容を十分に理解しているとは限らず、管理職が事前にしっかりと周知し、理解させる必要があることがうかがえます。
部下の労働時間を管理する
先ほども述べたように、働き方改革では、労働者の残業時間や有給休暇の取得日数に規制が設けられています。
これらの規制を厳密に守るためには、管理職が部下の労働時間を日頃から正確に管理しておくことが重要です。
さらに、労働時間を管理することで、チーム内で忙しい社員とそうでない社員が明確になり、仕事の割り振りがしやすくなるというメリットもあります。
たとえば、とある部下の残業時間が、月の上限である45時間を超えそうなケースを想定します。
このとき、管理職が部下全員の労働時間を把握できていれば、その部下の仕事の一部を比較的余裕のある他の社員に割り振ることで、長時間労働を効果的に是正することが可能になるでしょう。
部下に柔軟な働き方を推奨する
部下のワークライフバランスを充実させるためには、柔軟な働き方を推奨することも大切です。ここで言う柔軟な働き方とは、テレワークやフレックスタイム制(始業・就業時間を従業員が調整できる制度)などが挙げられます。
たとえば、小さな子どもを持つ部下の場合、テレワークが認められていれば、万が一子どもに何かあった際にもすぐに対応できるため、仕事と育児を両立させやすくなるでしょう。
なお、総務省および厚生労働省の調査によると、国内企業におけるテレワークの普及率は49.9%、フレックスタイム制は6.8%に留まっています。
働き方改革によって徐々に変化は見られるものの、現状ではまだまだ柔軟な働き方に対応できている企業は少ないといえます。
参考:
日本労働組合総連合会「『働き方改革』(労働時間関係)の定着状況に関する調査2024」
総務省「令和5年版 情報通信白書|テレワーク・オンライン会議」
働き方改革によって管理職の負担は増大している

すでに説明したとおり、労働基準法上の管理監督者に該当する管理職には、働き方改革が適用されません。
そのため、働き方改革によって部下の長時間労働を抑制できるようになった一方で、管理職の負担は増大しているケースが多いといわれています。
株式会社スタメンが管理職を対象に行った調査でも、「働き方改革の浸透に伴い、改革の実施前後で中間管理職の負担についてどのような変化を感じていますか?」との問いに、74.0%が「負担が増えていると感じる」と回答しているほどです。
もちろん、働き方改革によって部下の長時間労働が是正される状況が望ましいのは言うまでもありません。労働者の健康を守り、ワークライフバランスを充実させるためにも、働き方改革は今後もより多くの企業に浸透していくでしょう。
しかし、いくら部下の長時間労働が是正されても、その分のしわ寄せを管理職が受け、自身の健康やワークライフバランスを犠牲にしてしまっては本末転倒です。
したがって、管理職は長時間労働に陥ることなく、限られた時間の中で仕事を効率的に処理するコツを身につけることが必要不可欠といえます。
参考:
PR TIMES「【1,300名に調査】中間管理職の負担に関する調査を公開」
働き方改革による管理職の負担を軽減するコツ

働き方改革によって生じた負担を軽減するために、管理職が心がけるべきポイントについて解説します。
仕事に優先順位をつける
管理職が限られた時間の中で多くの仕事を効率的にこなすためには、仕事に優先順位をつけることが重要です。
仕事の優先順位をつけるためには、まず現在抱えている仕事を次の4種類に分類する必要があります。
- 緊急かつ重要度が高い仕事: すぐに対応が必要で、かつ結果が組織に大きな影響を与えるもの(例:取引先からのクレーム対応)
- 緊急だが重要度が低い仕事: すぐに対応が必要だが、結果が組織に与える影響は小さいもの(例:定例会議で用いる資料の作成)
- 緊急ではないが重要度が高い仕事: すぐに対応は不要だが、結果が組織に大きな影響を与えるもの(例:新規事業の市場調査や計画立案)
- 緊急ではなく重要度も低い仕事: すぐに対応も不要で、結果が組織に与える影響も小さいもの(例:過去の記録や資料の整理・ファイリング)
上記のうち、「緊急かつ重要度が高い仕事」を最優先で取り組むべきなのは言うまでもありません。また、「緊急ではなく重要度も低い仕事」は後回しにしたり、場合によっては廃止したりするのが適切でしょう。
問題は、「緊急だが重要度は低い仕事」と「緊急ではないが重要度が高い仕事」の扱いです。
どちらも組織として取り組むべき仕事ですが、ハーバード・ビジネス・レビューの記事によると、人は仕事がたくさんあるときに、つい簡単なものや締め切りが近いものから手をつける傾向があるとされています(これを「単純緊急性効果」と呼ぶ)。
やるべきことが多く時間が足りない「時間貧困」の状態だと、人はタスクの重要度をじっくり考える余裕がなくなります。
そのため、「早く終わるもの」や「締め切りが近いもの」といった分かりやすい情報に流され、目の前の仕事をこなすことで「忙しいスケジュールをコントロールできている」と感じたいという心理が働くのです。
しかし、常に緊急な仕事ばかりを優先し、緊急性はないものの本当に重要な仕事を後回しにしてしまうと、仕事へのやりがいを感じにくくなり、組織としても成長が停滞する恐れがあります。
同記事では、緊急性が低い重要な仕事を後回しにしないためのコツとして、「プロタイム」を設けることを提唱しています。
プロタイムとは、緊急ではないけれど重要な仕事に取り組む時間を、あらかじめスケジュールに組み込んで確保することを指します。
重要な仕事に集中する時間を意識的に作ることで、目の前の緊急なタスクに追われるだけでなく、より本質的な成果を生み出すことが可能になると期待できます。
実際に、プロタイムを導入したことで従業員の健康状態や満足度、そして生産性の向上につながったという研究データもあるほどです。
▼プロタイムの効果を最大化するポイント
ポイント | 具体例 |
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【邪魔が入らない環境を作る】プロタイム中は集中力を妨げるものをシャットアウトする。一つの仕事に集中することで、生産性が向上する | プロタイム中はスマホの電源を切り、メールや電話が来ても対応しない |
【自分のタイプを考慮する】人によっては、「時間で計画を立てる」のが向いているタイプもいれば、「作業内容で計画を立てる」方が効率的なタイプもいる | 「作業内容で計画を立てる」方が向いているタイプなので、毎週水曜日は朝一から「新規事業の計画立案」を行い、制限時間もとくに設けない |
意思決定の権限を部下に委譲する
仕事上では意思決定が必要な場面が多々ありますが、そのすべてに管理職が関わっていては、いくら時間があっても足りません。
そのため、一部の意思決定権を部下に委譲することで、管理職が意思決定に費やす時間を少しでも削減することが大切です。
とはいえ、部下に意思決定を任せることに対して、「(管理職としての)自分の存在意義はどうなるのか」「もし部下が失敗したらどうしよう」といった不安を感じ、なかなか委譲できない管理職も少なくないでしょう。
ハーバード・ビジネス・レビューの記事では、このような課題を解決するためのポイントとして、以下の5点を挙げています。
ポイント | 具体例 |
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【管理職自身が権限委譲に備える】部下に仕事を任せることで、管理職としての自分の影響力が弱まるという誤解を捨てる。自分の役割は、「より重要な意思決定やイノベーションに集中する」ことだと捉える | 自社サービスの新機能の市場調査を部下に任せ、自身はその結果を基に投資の判断を行う |
【意思決定の基本的な指針を定める】意思決定に関する細かいルールを伝えるのではなく、「どのような理由・背景で、どう判断するべきか」という思考のヒントや判断基準を理解させる。こうすることで、部下は自分で考えて意思決定を下せるようになる | 「顧客満足度が最優先」「短期的なコストより長期的な利益を重視」など、会社やチームにおける意思決定の優先事項を文書化して共有する |
【委譲する範囲を明確にする】部下にどこまで任せるのか、その役割や権限、責任範囲を具体的に示す。複雑で重要な決定ほど管理職が関与し、そうでないものは部下の能力や経験に応じて任せる、という線引きが必要 | 「小規模予算(10万円以下)の場合は部下に意思決定を委ね、それ以上の中・大規模予算は管理職が関与する」という基準を設ける |
【部下への信頼を示す】部下に権限を委譲するにあたって、相手を信頼する姿勢を明確に示し、必要な情報提供やサポートを惜しまない。仮に部下が失敗しても責めずに、新たな学びの機会だと捉える | 「何かあったらいつでも力を貸すので、失敗を恐れずチャレンジしてください」と事前に伝える |
【学習の機会を設ける】部下の意思決定を振り返る機会を設け、適宜フィードバックを与える。また、効果的な意思決定プロセスを実践的に学べる場所を提供する | 上層部が集まる重要な会議に部下を参加させ、効果的な意思決定のコツを肌で感じさせる |
「ノー」を伝える
管理職は、上層部や同僚、部下など、あらゆる立場の人々からさまざまな要望を受ける役職です。これらの要望すべてに応えようとすると、膨大な時間とエネルギーが必要になります。
管理職が長時間労働を回避するには、相手が誰であろうと、ときには「ノー」とはっきりと伝えることが重要です。
とはいえ、相手が同僚や部下ならまだしも、上層部から何かしら要望をぶつけられた際に、断るのは難しいと感じる人もいるかもしれません。
ハーバード・ビジネス・レビューでは、相手を不快にさせずにうまく「ノー」と伝えるためのコツとして、以下のポイントを挙げています。
ポイント | 具体例 |
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【「ノー」と言いたいことを明確にする】何が自分にとって大切で、何に時間を使いたくないかをはっきりさせる | 今週はA社とのプロジェクトに集中するため、追加の依頼は引き受けない |
【依頼者に感謝する】頼み事をされるのは、相手が自分を信頼し、能力を認めている証であることを忘れない | 「私の力を頼りにしていただき、うれしく思います。ただ、今回はお手伝いが難しいです」 |
【依頼に対して「ノー」を言う】依頼相手そのものを拒絶するのではなく、あくまで頼み事自体を断る姿勢を見せる | 「Xさんには日頃からお世話になっているのでぜひ引き受けたいのですが、今回はご期待に添うのが難しいです」 |
【「ノー」の理由を説明する】 なぜ断るのか、理由を正直に伝える | 「今週はA社とのプロジェクトの納期が迫っており、対応が難しいです」 |
【毅然とした態度を崩さない】相手がしつこく食い下がっても、自分の意思はしっかりと伝える | 「ご依頼を受けたのは嬉しいですが、やはりお手伝いできません。申し訳ございませんが、ご理解ください」 |
【「ノー」を言う練習をする】日常のささいな場面で「ノー」と言う練習を重ねる | セールスの電話に対し、「申し訳ありませんが興味がありません」と伝える |
【先手を打って「ノー」を言う】依頼を受けそうな場合は、前もって引き受けられないことを伝えておく | 関係者に対して「A社とのプロジェクトが佳境を迎えており、現在新たな業務を引き受けることができません」と事前に伝える |
参考:
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「緊急性は低いが重要性の高いタスクを先送りさせない方法」
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「部下にうまく権限委譲するための5つの戦略」
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「上手に「ノー」と言うための、9つの習慣」
まとめ
労働基準法上の管理監督者に該当する管理職には、働き方改革の多くが適用されません。
そのため、働き方改革によって部下の長時間労働を抑制できるようになった一方で、管理職の負担は増大してしまうケースも多々あります。
働き方改革の影響で生じた負担を少しでも軽減したい管理職の方は、本記事の内容を意識し、実践してみてください。